生徒指導は最後に情に訴えかけてダメなら仕方がない | t-labo(中学校教師の支援サイト)

生徒指導は最後に情に訴えかけてダメなら仕方がない

生徒指導の時に、最後まで嘘を突き通そうとする生徒がいます。
これが一番困りますね。
嘘をつかれても、本人が認めない限り事件が解決しない&本人への指導ができないから。

どういう方法が一番なのか、悩みますよね。
でも、どこまでいっても、教師は警察ではないことをわきまえておかないといけません



1.我々は教育者だ


教師の仕事とは悪人を逮捕することではなく、生徒を教え育てることです。
生徒指導をやっていると、「絶対に吐かせてやる」とムキになってしまいますが、そこまで必要なのでしょうか。

教育者という立場であるなら、生徒が「本当に、本当に、本当です」と言えば信じなければいけません。
なのに、『お前は嘘を付いている』と言えば、あなたの人格が疑われてしまいます。
ひどいことになると、本人が嘘ついていても、親にそのことを言われ「教師が生徒を嘘つきと決めつけるとはおかしい!」とクレームになります。

生徒が嘘ついたかどうかは、別として、我々は教育者である、という立場を忘れてしまったらいけないのです。


2.事件は解決しなくてもいい?


誰かの物がなくなろうと、「私がやりました」と誰かが認めない限り解決にはなりません。
『お前が犯人だ!』と決めつけるわけにはいけません。

もちろん、それなりの証拠があれば、嘘も突破できると思いますが、確かな証拠がなければ犯人を探すのは不可能です。
ですので、何かのトラブルがあったときには、色んな人から詳細に事情を聞き、流れや矛盾点を探していきます。
で、決定的な証拠が出ないけれど、「あいつが怪しい」は起こります。


では、どうするか?

その生徒に聞いてみて「ぼくはやっていません」というなら、もう終わりにするしかありません。
それが学校自治の限界ではないでしょうか。
ですので、被害者や保護者には、どのような手段で調査をしたのかを詳細に語るほかありません。

それでゴネるようでしたら、「どうぞ警察に被害届を出してください」と言うしかないし、それが職業上の責任分担であると思います。
事件は解決したいけど、無理な場合はあります。
それはあなたの責任ではなく、犯人がずるだけ。


3.最後は情に訴えかけろ


ここまでの流れを読んでいくと「警察ではないので、犯人を検挙できなくても仕方がない」という消極的な考えだと思われますが、線引きをうまくしないと後でトラブルになるからです。
で、教師としてできる最後の切り札は何かという、情に訴えかけることです


嘘をついて認めない生徒に、嘘を認めさせるのは、教師対生徒のサシの勝負。
何が威力を発揮するかといえば、最後は人間関係。
生徒が先生から可愛がられていると思えば、「すいません、やりました」となります。

以前に、部活動の生徒が学級でトラブルを起こしたようで、その生徒しかできないであろうに、「やってません」と言い続けることがありました。
ぼく自身学年が違ってそんなことが起きているのかは知らなかったのですが部活動に出てこないので、職員室で聞いてみると生徒指導されているとわかりました。
結局、その日はクラブに出れないほど残されているわけです。

で、ぼくが顔を出すことになり、本人に「やったんか」と聞いてみると、しばらく沈黙した後に「やりました」と認めました。
1時間以上も粘っていたのがあっさりと認めるというのは、何だったんかと言いたくなりますが。

これもすべて人間関係の力です。


我々は教育者だと書きました。
教師にあって、警察にないものは、生徒との密な人間関係です。
それが最大の武器であり、普段から研いでおくべきなのです。

生徒と面と向かって嘘をつかれるという状況は、ある意味で「お前のことは信頼していない」と言われているのと同じ。


ですので、生徒指導の最後まで認めないなら、最後は情に訴えかけます。

「こうやって何度も聞かれて申し訳なかった。ただ、周囲の話などを総合すると、きちんと確認しておかないといけなかったから、こうやって聞いているのは理解して欲しい。
君がやっていないならそれを信じる。最後にもう一度だけ確認させて欲しい。やった? やってない?」

とかなんとか。


まとめ


犯人探しではやり過ぎてはいけません。
誠意ある対応はできるけれども、警察のような権限はない。
生徒を嘘つき呼ばわりしてはいけない。

という当たりは理解しましょう。
そして、大事なのは普段からの人間関係。
情に訴えかけてダメならダメ。嘘をついていないのかもしれない、という割り切りも必要。


学級始まりはトラブルが多いものですが、担任との信頼関係が深まるに連れて学級は成長していき、トラブルも減ります。
人間関係がよりできてくると、「これは◯◯がやったんよ」と教えてくれる生徒も出てくるし、その犯人らしい生徒に聞けば「やりました」と言ってくれるようになる。

場当たり的な指導ではなく、こうした指導を睨んで普段から人間関係を築いていきたいものです。