生徒指導は怒鳴らなくてもいい | t-labo(中学校教師の支援サイト)

生徒指導は怒鳴らなくてもいい

怒鳴りちらす生徒指導はもはや時代遅れです。

というのも、怒鳴り散らすことで生徒との関係は良くなることはないでしょう。

生徒に大人を怒らすと怖いんだよ、ということを伝えるために使うだけですね



初任者への刷り込み


初任者の時ほど、生徒指導が嫌だったことはありません。
でも、それは教師としては避けては通れないもの。

その時の生徒指導は、怒鳴ることがメインの人ばかり。
ぼくはというと、優しいタイプで、言い方を変えると「なめられるタイプ」であったわけです。

そもそも、激怒して誰かに当たったことってほとんどないんですから。
そんな自分が急に生徒に怒れってね。

でも、暗に要求されますし、後で他の先生からいろいろ言われるわけです。
うまくやろうが、下手にやろうが、色々言われる。

自分なりに怒鳴ってみました。
それが正しいのだと思って。




できない自分


初任者の時の「こうあるべき」という周囲の先生の教えは一種の呪縛であり、自分らしさを失わせる主要因。
ぼくもそれに染まって、生徒指導は怒鳴るものだと思って、日々奮闘します。

でもね、うまくいかんのですよ

正直、そんなことわかりきっていて。
自分に合っていないわけですから、本人も仕事のために嫌々やっている側面もあります。
でも、周りがそうやれ、というのだからやるわけです。

という矛盾したことをやっていたら、全然うまくいきません。
生徒からも反発は買うし、そもそも、

生徒指導で言われる「落とす」ができないのです

挙句の果てには、保護者から「指導のやり方がおかしいのではないか」とお叱りを受けました。




自分らしいやり方


教わったやり方でやって、なぜかうまくいかない。
生徒からも保護者からも反感を買う訳で、一層面白くない。

生徒指導の度に、指導される生徒と同じくらい嫌な自分がいる。

答えなんて出ないのですよ。
こんなの。

もはや、周囲の状況は、慣れろ、技を盗めという世界と同じです。


転機は学年団が変わった時に訪れます。

自分らしくやり始めたというのが一番。
それに経験を積んだのでそれなりの余裕も出てきたのもあり。




大事なのは生徒と真摯に向き合うこと


生徒指導って何でやっているのだろう。

それは子どもを育てるためにあるんですよね。
いけない行為をしたら、「なぜいけなかったのか」「どうやったら責任をとれるのか」といったことを生徒に考えさせ、行動に移させ、成長させる。

そのために必要なことは、生徒と真摯に向き合うことです。

生徒指導は、人間と人間の本気のぶつかり合い。

小細工はできないのです



怒鳴ってどうかなるものじゃない。

目的は生徒の成長させるためにありますから。
真摯に生徒に向きあいましょう。




それでも怒鳴るとき


1対1の指導で怒鳴ることはありません。
生徒と向き合って、本気で話をするからです。

クラスの時では怒鳴ることはあります。

それはどうしてかというと、

こういう行為をしたら嫌な人間がいて、それに対して怒りを持っていると教えるため

です。
感情的にならない方がいいのかもしれません。

でも、大人がこうして本気で怒ることなんだ、って生徒に教えることも教師の仕事なんですよ。
そうした感情に触れ、生徒の心も動く。
教師が本気だということが伝わる。
集団として教えないといけないことがあります。

もちろん、やり方はいろいろ。




怒鳴らない背景


昔は怒鳴れば良かった時代だったんでしょう。おそらく。
先生の権威もあり、保護者の理解もある、そんな時代。

今は先生の権威なんてないし、

感情的なことをすれば、保護者と感情的にもめる

それに、生徒自身が打たれ弱くなってますし、怒鳴るやり方では心を開かないんです。



まとめ


生徒指導では怒鳴らなくていいし、そういう見栄は張ってはいけません。

大事なのは真摯に生徒と向き合うこと。
人間力です。

優しい先生たちにはやりやすい時代になりましたよ 笑