第258話 朝読書で声のかけ方を変えてみる | t-labo(中学校教師の支援サイト)

第258話 朝読書で声のかけ方を変えてみる

翌日の朝、緊張しながら荻原は教室へ向かっていた。
(今日から取り組んでみるか・・・うまくいくかな・・・)
昨日はあの後も、島田の講義は続いた。

荻原は感心するばかりだった。



(俺は今まで何も考えずにやってきたことがよくわかった。
同じ教員人生を過ごしても、その厚みが全然違う・・・。

自分がうまくいかないことはすべて放置してきたのに、島田先生はどうやったらうまくいくかを考えていろいろやってきた。
その参考がいま来てんだよな・・・
俺の引き出しは全然ない。だから、うまくいくわけないんだよ。無駄に年を取ったよ・・・)

荻原は昨日の島田の話を受けて、自分の不甲斐なさを痛感していた。

(俺が学級崩壊を起こすのも無理ないわな・・・。
ってか、こうやって究極に困らないと、動こうとせんもんな。今回も、自分のピンチと3年生のあの様子がないと、絶対他人の話なんて聞こうと思えなかったわ・・・

学習能力とか、モチベーションがない自分が情けない)

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朝読書が始まった。
もう最初から騒がしかった。

いつもなら、ここで怒鳴り声をあげて、効果の無いイタチごっこをするのだが・・・・
(今日はせんぞ。我慢だ、我慢だ)

『偉いよなあ~』荻原はポツリと呟いた。



いつもと違う荻原の言動に生徒は一瞬「は?」と頭にはてなマークが浮かび、教室は静かになった。
この瞬間を見計らって荻原は話し始める。

『こんなに騒がしくても、読書に打ち込めるってすごいよな~』
全体に言い聞かせるような口調ではなく、ちょっと大きな独り言程度の声の大きさであるが、生徒にとっていつもと違うので注目をせざるを得なかった。

『大人になって思うけど、こうやって、目的を持って、誘惑を断ち切ってやりぬく力って大事だよ。みんなは読書やりながら、身につけよんだよな。偉いよ。どんどん、どんどん成長していくよ。こういう人はね』

唐突に喋り出し、唐突に終わった。
生徒は意表をつかれ、荻原の語りに聞き入っていた。
なんとも言えない微妙な空気が流れていた。

いつもかき乱すメンバーが私語を始めようとするが、少し声のトーンが小さい。
メンバーの中で読書を始めた者がいるのもあるが、読書をしている生徒たちがいつもより真剣に読書をしている雰囲気を出していたからだ。
荻原の言葉で教室の空気感が少し変わったのだ。

『甲本、読書が進んでるね』
いつもなら騒ぎ散らしている甲本が急に読書を始めていたのだった。
『読書はいいよ。今、そうやって読んでわかったことは昨日の自分は知らないことだよな。だから、朝から読書するって、昨日の自分よりも成長するってことなんだよな。いいねえ』

声をかけられた甲本は嬉しそうに「へへ」と言って笑った。

荻原は内心、はとても驚いていた。
島田は甲本が急に読書をし始めると予想をしており、「必ずほめること!」と念を押していた。
甲本は家庭では虐待に近い扱いを受けており、ほめられることをしたいのだそうだ。

学力が低いので、何をやっていいのか考えられないところがあるが、これがいい、というと真似て褒めて欲しがる傾向があるとのこと。
もちろん、荻原はそんなことも知らなかった。

とにかく、こうやって声をかけたおかげで、甲本は熱心に読書をするし、全体的にいつもより静かで落ち着いている雰囲気になった。
次回 → 第259話 生活ノートの話