学力よりも、生徒指導を大事にしている理由は何ですか? | t-labo(中学校教師の支援サイト)

学力よりも、生徒指導を大事にしている理由は何ですか?

みなさん、こんにちは。tetraです。


質問箱よりいただきました。
学力と生徒指導についてです。

学力(学習指導)に関しては、生徒指導の時と比べて「自己責任」というtetraさん思想がブログ全体から見受けられると思います。もちろん軽視しているわけではないことはわかってますが。

 個人的にその理由を考えみましたが、

①低学力が直接的に他害につながることがない(間接的にはありうるが)ということ、逆に言えば生徒指導の方はしっかりやらないと直接的に他害につながらるから。
②生きていくうえで、学も当然必要だが、徳の方がより重要だと考えているからでしょうか(どこかにそんな記事があったような)。



ということで、見抜かれていますね!!
ドキッとしました 笑

今回はこの話です。



学力と生徒指導のことで言えば、生徒指導の重きを置いています。

生徒指導ができれば、自然と良い授業ができると考えているので、生徒指導力があれば怖いものなしだと。
生徒指導偏重だ! と言われても別に構いませんが、

書かれてあるように、生徒指導がきちんと機能しないと、一部の生徒のせいで他の生徒に危害が加わるからです。
これは生徒の人権を侵害する行為にほかならないので、絶対に許せません。




方や、学力は、、、、こういう言い方は悪いかもしれませんが、勉強できる・できないって結局のところ、遺伝子の影響がとっても強くあり、あとは家庭環境しだいだと、ぼくは考えています。
(多くの生徒と接した結果です。)

学力がある・ないはどうしても生まれてしまうし、すべての生徒が100点を取れなくてもいいわけです。
勉強が苦手な生徒は、スポーツ、芸術、技術などといった分野で活躍すればいいだけの話です。

自分の才能を伸ばしていくのが大事だと。
ですから、学校の勉強がすべてと考えると、その適性がない生徒にとってはただの地獄になってしまいます。
教師は「いいところを見よう」と言いながら、勉強のことばかり見ているフシがあります。


そもそも、教師というのは「まじめでいい子」だった人がなっていることがほとんどで(ぼくもです)、その教師の多くが「勉強が大事」であり「割に勉強が得意」だった人たちの集まりなんですよね。
だから、自然と勉強ばかりに目が向くし、勉強はできて当たり前だと考えています。


こういう部分で、外の社会を知らないので、教師は非常識と言われるわけですよね。
多くの職業で、高校の勉強が役にはたっていないことを考えると、勉強の価値はある程度の人間にしか恩恵がないわけです。
ということを思っているので、ブログでは勉強を重視することはあまり書いていません。




「学」よりも「徳」を重視しているのは、まさにその通りです。
働くときに、徳が高い=思いやりがある、前向き、誠実 な人と一緒に働きたいと思いませんか?

徳がある人間はどこに行っても大事にされるわけですよね。
環境に上手く適応できることは、仕事をうまく続けて行ける、生きていけるってことですから、大事です。

勉強よりもすべての生徒に必要なのがこの徳だと考えています。



ただ、こういう書き方をすると「お前は勉強を軽視している」と言われそうですが、

何で、二者択一なんでしょうか。どっちも大事と考えられませんかね?

片方を特にと考えても、もう一方を軽視するわけではありません。


という感じですね。





で、思うところを書かせてもらえたら、


生徒を一人の人間として尊重して大事にすることが一番だと思っています。
教師だから偉いわけじゃないですから。

そのためには、生徒を守る・育てる・成長させるために生徒指導力を教師が身につけること。
生徒には社会出ても困らないように、常識・マナー・モラル・思いやりなどの徳を積ませること。
学力は最低限の学力を身につけさせるように努力するが、生徒が自分の適性・進路を考えてより一層の努力をするべき自律的な部分があること。

という感じでしょうか。

・・・・うーん、答えになったどうかはわかりませんが。