生徒指導をきちんと「やった」のに「やっていない」と言われる理由 | t-labo(中学校教師の支援サイト)

生徒指導をきちんと「やった」のに「やっていない」と言われる理由

みなさん、こんにちは。tetraです。

やっているのに「やっていない」と周囲に言われるのはなぜでしょうか。
このブログでも、うまくいかないのは「やっていないから」と書いており、当事者からすると「やってるのに何を偉そうに言ってんだ?」と反発を覚えることもあると思います。

今回はそんな話です。



一番の問題点は、「やっている」のと「現実が変わる」のは全く違う現象だということ。
生徒指導を「やった」としても、生徒が納得しなかったら「ちゃんと生徒指導をやってよね」と言われて、その教師は「やっていない」と言われているのと同義になります。

もちろん、生徒指導はやったとは周囲が認めてはいるでしょう。
しかしながら、それが毎回となると「何やってんの?そうやって言えばいいと思っているでしょ」と周囲は捉えていきます。

現実が変わらないからです。
いくら何をやったとしても、現実が変わらないと誰がフォローするなどして意味がありません。。
そして、、、勘違いが多いのですが、

がんばった、やった、やっているという努力があったとしても結果がついてこないと意味がないという事実です。




教師は首がない、あまちゃんの世界です。
そのぬるま湯に浸かっているから、見えない。感じられない。

「車が一台も売れていませんが、やることはちゃんとやっています!」と車の販売員が言ったとしたらどんどん首に近づいていくでしょう。
教師はそれがないわけですよね。

「学級が崩壊していますが、やることはちゃんとやっています!」となって、、、
なぜか、、、学校業界なら通用すると思っている・・・。

こうした甘えた考え方から脱却しないと意味ないわけですね。
うまくいかない方は周囲が到底納得できないであろう「やっている」という言い訳を延々と使って逃げているだけ、となります。
「やっている」発言には意味がない。

だから言っても意味がない。
最初に書いた「こちらはちゃんとやっているのに!」ということは、全く、、、意味ない。
それに気づかないと意味がないし、そもそもここにプライドを持ってどうするの? ということ。





そうなると、現実として「うまくやろうとしても、うまくいかない」教師がたくさんいるわけです。
そうした教師たちは処世術として「やった」という言い訳を身につけていくわけですが、これが間違っているならどうするか。

うまくいかないなら、どうやったら周囲が納得するだろうか、どうやったらうまくいくだろうかと考えるべきです。
その答えは周囲の力を借りて巻き込むことです。

「どうやって指導をしたらいいか教えて欲しい」と言いましょう。
そうやって教えてくれた人は傍観者から関係者となります。
自分も指導に関わっているとなると、うまくいくようにいろいろとアドバイスをくれたり、動いてくれます。


それをうまくいかない人はアドバイスに従わないから、せっかく得た「関係者」を再び「傍観者」に戻してしまうわけです。
そして一人叱責を受けて「やってます」と言い訳をしてしまう。
悪循環して「俺はやっているのに!」と恨みがましい事を言ってしまい、その裏で他の教員が生徒に指導をしてくれたり、フォローをしてくれたりがあることを知らずに日々を過ごしていく。




言ってみれば、うまく機能している学年団というのはみんなが関係者なんです。
だから、お互いに責めたりしない。
そのかわり、きちんとしたほうれんそうができるし、アドバイスを受けたらみんながきちんとそれを実行する。

言い訳に労力を使っていない。
だって、意味ないから。

アドバイスに従って実際に生徒指導したなら周囲はそのプロセスを理解して「やった」ことを認めてくれるでしょう。
そして「次はこうしてみよう」として次の「やること」を指示してくれたり、一緒にやってくれるでしょう。
普段使っている「やりました」の言い訳は、「それ以上やりませんよ」という意思表示なんですよね。

そうして実際にやり続けることで現実は変わります。
1回でうまくいかないかもしれませんが、続けることが変わります。
ほんとうの意味で「やった」んです。





ということで、まとめ。

1.「やりました」という言葉に意味なんてないことを理解する
2.現実を変えないとやっていないのと同義
3.生徒指導の力がないなら周囲を巻き込むこと

4.アドバイスを受けたら「やる」こと
5.ほうれんそうをきちんとすることで「やった」と認められる
6.1回「やった」ではなくて、うまくいかないなら別の方法でやる
7.続ければ現実は変わっていき「やった」と認められる

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