ウマが合わないのも教師のせいですか? | t-labo(中学校教師の支援サイト)

ウマが合わないのも教師のせいですか?

みなさん、こんにちは。tetraです。

今回は、あなたが生徒に嫌われる10の理由(2016年版)の一番最後の部分の文章についてです。

>生徒は教師を嫌いたいから嫌うのではなく、嫌わざるをえないことを教師からされるから嫌うのです。あなたが加害者だからです。

※この文、気になりました うまくいかなければすべて教師が悪いとなるのですね。生徒とのウマが合わないという相性もあると思うのですが・・・。


ということです。
生徒のせいではなく、教師のせいである、という論調でいつも書かせてもらっています。
この表現に反発を覚える人も少なくないのですね。



「嫌わざるをえないことをされる」という表現は、要は生徒からすると「教師が嫌なことをする」という意味です。
嫌なこととかかなかったのは、教師が良かれと思ってやったことが悪手である場合があるから。
例えば、「太ると思ったから唐揚げ食べておいたよ」と大好きな唐揚げを食べられたら嫌でしょう??

そんな感じです。
なぜ、そんな回りくどい言い方をするのかと言えば、悪手を正当化する人がいるから。

・・・不毛なことを書いても仕方ないのでここでは省略。

教師が嫌なことをするから、生徒から嫌われる。
当然のことですね。

ぼくが気になるのは、「うまくいかなければすべて教師が悪いとなるのですね」という投げやりな表現です。

なんというか、「はい」「わかりました」という形のスルーのような気がして。
「教師が悪いんでしょ?」としてスルー。

勝手な思い込みかもしれませんが。
教師のせいであろうとせいでなかろうと、究極はどうでもいいんです。
要は、教師が一人前の仕事をして、きちんとした学級経営や授業をやればいい。

そこに言い訳なんて持ち込んだら、自ら逃げるようになると思います。
ですので、考え方のスタンスを変えないと通用しません。
部活の生徒が「まあ、適当にやっていれば全国大会行けるでしょ」という気持ちでやっていたら、うまくならないのと同じです。



さて、ウマが合わない生徒もいるじゃないか、ということですが。

ウマが合わないから嫌われていいわけじゃないでしょ?


ここでしょうね。
ウマが合わないから、うまくいかない=嫌われる、というのは一種の言い訳です。
そうすると、、、

「全員とウマが合わないのでうまくいかなくて当然ですよね。僕は悪くありません」なんて言い訳が通っちゃう。

と書くと『そんなんおかしいだろ!!』とツッコミを入れてくれる方もいると思いますが、実際に言い訳として認めてしまえば、そうなります。
言い訳をするために仕事をしているわけではありません。

例えば、とても不潔にして服も洗わずに汚れていたら、生徒からすっごく嫌われ敬遠されるでしょう。
だけど、いつもきれいにして服装もビシっと決めていればそんなことはありません。

これと同じ、生徒に対してどう接するかでうまくいく、嫌われるかが決まります。
ウマが合わない生徒というのはたしかにほんの少しいると思いますが、それは「同級生だったら同じグループじゃないな」というものであって、「嫌う対象ではない」わけです。

ウマが合わないけど、問題なくやっていくことはできます。
そうしたやり方や人間関係の作り方ができていない、未熟なだけだと思います。

なによりも意識を変えましょう。でないと、その意識が生徒に伝わってどんどん生徒を遠ざけて言ってしまっていると思います。
(ただそこにいるだけで、「お前が嫌い!」と態度で表明しているようになっているのでは?)