生徒指導での「対応」と「解決」の違いを知りましょう | t-labo(中学校教師の支援サイト)

生徒指導での「対応」と「解決」の違いを知りましょう

みなさん、こんにちは。tetraです。

なぜ、教師業がうまくいかないのか。
多くの上手くいかない教師は生徒指導を「対応」と考えているからでしょう。

そう思うことはたくさんありますので、今回は記事にしてみます。



生徒が喧嘩したとして、担任が生徒指導に当たりました。


1年生などよくあるでしょう。
「喧嘩はどうなった?」と聞くと、担任が『ああ、話は聞きましたよ』
「で?」と聞き返すと、言いたくなさそうにして『なんか両方の話が食い違うんですよね』
「で?」と聞き返すと『2人に確認してもお互い認めずに納得しないんですよね』で、おしまい。

これを「対応」といいます。

つまり、

担任の言い分としては、自分は生徒指導のために話を聞いたし話もした。食い違いがあるが、それはどちらかが嘘をついているせいだ。だから、仕方ないとして放置。
このことを追求されないために、学年主任には報告せずに、お茶を濁した回答をしてなんとか誤魔化そうとする。
「対応」とは、言い訳をするためのもので、ただの保身でしかないのです。

これが「うまくいかない教師」のやることです。



こうやって書くと、「こっちはきちんとやることをやったんだ!」正当性を主張するんです。
でもね、言わせてもらうと「言い訳するために、対応した」だけでしょ?

ということなんです。
どうしてそんなことをすると、「自分が問題を解決する力がない」からです。
厳しいこと書きますけども。

だから、「対応」しかできない。
「対応」していれば、言い訳はできます。
「ちゃんとやった!」と。


でも、、、それって本当に低次元すぎる話で、

だったら、喧嘩した生徒たちはどうする?お互いに不満を抱えたまま、解決されないままで


そうすると決まって「喧嘩する生徒が悪い!なんでもかんでも教師のせいにするな!」という論理展開になるのです。
教師が自己正当化をするといいことにはなりません。
「対応」はその一歩です。





学校では毎日多くの問題が起きます。
うまくいかない教師はそのすべてに「対応」して、問題を引っ掻き回して、生徒の不満、攻撃性をどんどん溜めていくわけですね。
その一方で「やることはやっている」と周囲に言い訳を言ってスルーをする。


問題山積で、爆発するのは目に見えています。

うまくいく教師はどうするのかと言えば、「解決」をします。

両者の言い分が違う。それなら、2人を突き合わせて時系列で整理していけば自ずとそれなりの事実は浮き上がってくるでしょう。
納得行かない部分に関しては、2人で確認した事実を元に教師が話をして、お互いの謝るべきポイントを指摘し、謝罪させればことは収まります。
「生徒が納得しない」で終わったらダメだし、普通の感覚ではそれでは終われません。

粘って粘って、、、解決するまでくらいつく、このくらいの覚悟をもって生徒指導に望んでます。
だから、解決する。


話を戻して、解決できる生徒指導能力がないならどうするかといえば、解決をあきらめず、周囲の教員の力を借りてでも解決するんです。
自分で無理なら他人の力。
3人よれば文殊の知恵といいますしね。

「解決」を積み上げていけば、生徒は成長するし、不満も溜めないし、健全な学級ができていきます。
ある意味では、「覚悟」の違いが対応と解決をわけているのです。
覚悟ある人間は「生徒が悪い」と自分を棚に上げて批判をしません。


言い訳する意味が無いことを知っているからです。とにかく問題は「解決」しなければいけないという使命感を持っているからです。
自分にとっては普通のことなんですが、、、実は多くの教員はそんなもの持ち合わせていませんでした。。。
だから、うまくいかない教員がごろごろしているという実情があるだと思います。