授業中に立ち歩くのは・・・こうやって考えてみませんか? | t-labo(中学校教師の支援サイト)

授業中に立ち歩くのは・・・こうやって考えてみませんか?

みなさん、こんにちは。tetraです。

最近いただいた質問にもありましたが、生徒が授業中に立ち歩いて困っている、というものがありました。
それがどうしてなのか、ちょっと考えてみましょう。



実際に授業に出ているクラスでもあります。
私が授業するときには立ち歩きなんてないし、生徒はいい子にしています。
でも、ある教員が授業に出ると、私語で騒がしくなり、立ち歩き、席を勝手に変える、物を投げるなどのことが横行します。

その教員自体が助けてくれと言わないし、アドバイスも聞かないし、管理職も何しないので放置していますが。
保護者からクレームが入ったり、生徒の学力はつかなかったりと散々な状況です。


さて、なぜ生徒は立ち歩く必要があるか、これを考えたほうがいいですね。


だいたいうまくいかない人というのは、生徒が悪いと考えますから、「あいつらの常識がない」「あいつらがおかしい」などと生徒のことを非難するでしょう。
だったら、私が行った時になぜ生徒たちは立ち歩きをしないのか、そもそも私語もしないのか。
この差はなんでしょうか。

そうすると「ああやって態度を変えるのはずるい、卑怯だ」と生徒を攻撃し始めます。
そして、

「私にだけするのはおかしい!」と自己愛に陥ってしまいます。





こうやって生徒の責任論で考えると答えなんて出ません。
教員の責任論で考えましょう。


おそらく問題の起こり始めは、立ち歩きではなくて、私語であったり、不穏な空気であったりでしょう。
それが最初のはず。
そのときに、「なぜ生徒は私語をするのだろう」と考えてることからです。

私語の中身はなんだろうか。授業が面白くないのだろうかと。


そっと耳を澄ましてみる。どんな内容だろう。
そうすると生徒はびっくりして私語をやめるなり、「なに?」と聞いてくるでしょう。
『何を話しているのかなと思って。何かわからない?』と言って反応を見るといいでしょう。

生徒が何かの話題をしていれば「ああーー今それ流行っているよね」と声をかけてもいいですし。
生徒は怪訝そうに「は?」とか返してくるでしょうけど、「いやー聞こえきたから気になって」と言えばいい。

生徒に関心を持ち、生徒の行為を肯定的に反応する。
私語をするなら原因を考える。
その生徒の授業中の進み具合を把握して、よくわかっていなかったら説明の仕方や進め方を変える。
集中力がないようなら、ちょっと休憩を入れる、簡単な作業をするなど。

生徒が悪いと考えるのではなくて、自分で変えられるものを変えるわけです。
自分が変化させたことによって、生徒の反応も変えるわけです。


授業中の私語は、基本的に生徒の何かしらの欲求不満であるわけですから。
それを察してあげないといけない。
それを無視して、むしろ「ちゃんとやれ!」と攻撃することからいけない。






最初はこの攻撃が効く。だから続ける。
でも、生徒の中では欲求不満、ストレス、恨みが溜まっていってどこかで爆発をする。

私語はそのきっかけかもしれません。
立ち歩きはそれが爆発したもの。


立ち歩きで困っています、という状況は末期。
厳しいことを言えば、生徒が不満をためている時に無関心で気づけないのが悪い。
生徒は言うことを聞かせるだけの存在ではありませんから。

だいたいにして、生徒の存在を無視してしまったことが根底にあるでしょう。
私語にだって生徒なりの理由が隠れている。
これはちょっとした「ほつれ」

気づいた時に、ほぐしておかないと、どんどん肥大化してしまう。

声をかけて肯定的に反応をしてあげることで、その生徒は同じような状態に陥ったら、「教員に先に話しかける」という違う行動を取ってくれるかもしれません。
いい関係を気づくというのは、生徒があなたが困らないような形で、生徒が自分の欲求を伝えてきてくれるようになると考えてみてください。
そのためには、あなたが生徒の欲求に感心を持ち解消してあげることが必要です。

教員発信で、学級が壊れないように方向付けを行うわけです。
無関心な教員は無視するので、生徒が好きな方向に欲求不満を発信し続けるので、学級が壊れる元になります。


立ち歩きの前には、私語があることをしっかりと認識して、その私語というほつれをきちんと解消することが大事ですね。