職場に平等なんてものはない | t-labo(中学校教師の支援サイト)

職場に平等なんてものはない

人間は平等なんていいますが、職場には平等なんてないと思ったほうがいいです。

平等なんて概念があったら、担任の力量に合わせて、学級編制で軽い・重いクラスをあえて作るのはおかしいことになります。
重いクラス持つ担任は、文句言わないでしょうが心の底では「軽いクラスがいい」と思っているはずです。
仕事分担も重い・軽いが明らかにあります。

そうした中で、なぜか給料だけは同じです。



うまくいっている人は不遇を感じるし、うまくいかない人は厚遇でしょう。
こうした給料が平等であるという意識があるからでしょうか、

発言権も同じである

と考えている人がいますが、それは違います。
発言の重みは、経験と実績で決まります。
うまくいかない人の発言など軽視されて当然です。

考えてみてください。

うまくいかない人には、仕事は任せられないから軽くするでしょう、担任もうまくいかないから軽いクラスをあえて作って任せているのです。
周囲がそのために苦労しているんです。
そこまでしてもらっているような存在であり、言い方は悪いですが、足手まといなんです。

それなのに、自分の扱いが軽すぎる、冷遇されているって言うのはお門違いでしょう。
厳しいことを言っているかもしれません。





でも、仕事ってお互いがきちんと職責を果たす前提なんです。
家族でも何でもないただの他人。
仕事という職責で縛られているから協力せざるを得ないし、分業しているんです。

それなのに、自分の職責を果たさずに、文句しか言わないような人間なんていらない。
そんなことも理解していないことにむしろ周囲は腹を立てるでしょう。

自覚を持たないと。
自分は足を引っ張っているって。


だから、うまくいくように周囲から協力を得て、アドバイスをきちんと実行して、報告・連絡・相談を忠実にやっていくんです。
また、学年団の中でできる仕事は「やります!」と率先してやっていくんです。

もともと足を引っ張っているんだから。
上司が首にできる権限があったら、役立たずはさっさと解雇ですよ。
それができないのが教員の世界だから仕方なく付き合っているわけです。





それなのに、発言権が平等ではないとおかしいとか、、、。。。冷遇されているとか・・・。
見当違いだなと思うわけです。
自分がかわいそうだと嘆くのは自由ですけど、職場での自分の立ち位置や職責をどれだけ果たしているのかを自覚して、いかに貢献するかを考えないと。

うまくいかない人ほど、本務である仕事ではない部分(文句、不平不満など)にエネルギーを使っているように感じます。

勘違いしないように書きますと。
うまくいかないのが悪いのではなくて、うまくいかないのに何も手を打たない、向上しようとしない、周囲のアドバイスを聞かない、報告・連絡・相談などの協調ができないのがいけないという意味です。
文句を言う前にできることがあるのではないかなと思います。

我々は職業人ですから、文句ではなくて、きちんと職責を果たすことです