読書の意義を考える | t-labo(中学校教師の支援サイト)

読書の意義を考える

みなさん、こんにちは。tetraです。

教員に読書は必要なのでしょうか?
必要ないと言われる教員もいますし。どうなのでしょうか。



私自身は教員になってから200冊をゆうに超える本(教育書、小説、マンガを除く)を読んできました。
その私が書く文章(ブログ)を読んで、

0.そもそも読む価値がない
1.いつも知っていることばかり書いている
2.全然知らない単語を使っていてさっぱりわからない
3.別の枠組みで一段違った見方をしている
4.理論と実践が融合している

のどれになるでしょうか。
もちろん、教員経験の差はありますけども。

私は教員の中でもかなり読書をしてきた方だと思います。
読書を普段していない人からすると、私が書くことはどれだけの違いがあるでしょうか。
それが読書の効用だと思います。

もしも、「全く勝ち目がない」「雲の上だ」と感じるのであれば、読書した方がいいですね。
「知っていることばかりの大したことないやつ」であるなら、読書の必要はないでしょう。


全然答えになっていないかもしれませんが。
読書というのは、他人の経験を享受するものであり、それは自分が到底経験できないものです。
それをあの値段で手に入る考えると安いと思います。

読書すると、自分の中で考える核となるものが増えていきます。
それは考え方、視点、パーツといってもいいものです。

学校で困ったことが起きた時に、考える核が2つしかない人と20ある人では、解決方法には差が出るでしょう。
それが読書の差です。




ただ「読書なんて必要ない」という人もいるのは事実です。
そうやって読書をしていない人がとてもうまくいっているでしょうか。
話の筋が通り素晴らしいでしょうか。

持ち合わせた個性というものもあるでしょうから、なんとも言い難い部分ではあります。

読書というのは勉強であり、自己投資です。
教員として力をつけたいから読書をするというのは、教員としてプロとして、力を伸ばそうという真摯な努力でもあります。
そうやって取り組んでいる方は、やっぱり力がついて当たり前です。

「読書なんて意味ない」といって何の努力しない人との差は歴然でしょう。
読書なんて意味ないという人を引き合いに出す人というのは、「努力をしたくない言い訳」をしているだけかもしれません。

教員の勉強方法は読書だけではありませんから、たしかに読書をする必要はないのかもしれませんが。
だったら、他の方法で何かやっていますか? となりますね。
ここで他の方法をやっている人はほとんどいないでしょう。

教員の職業人としての勉強なんてほとんどしないのが常ですから。
「方法がないからやらない」「生徒と関わる仕事だからそんなのはいらない」と言い訳を言うのかもしれません。
読書ほど手軽に、しかも効果的にできる勉強はないと思います。


とにかく勉強しよう、自己投資をしようと思えない人は力が伸びないだけ。
それは間違いのない真実です。