教員は基本的に自己完結している生き物 | t-labo(中学校教師の支援サイト)

教員は基本的に自己完結している生き物

みなさん、こんにちは。tetraです。

教員という生き物は「特殊な環境で生きている」ということを、しっかりと熟知しないといけません。
教員の非常識ってよく言われるとおりです。



というのも、教員にはクビがない、成果を挙げなくて給料が出る・上司から怒られない、給料には差がない、という民間企業ではありえない環境で働いているわけです。
ですので、

成果をあげていないうまくいかない教員でさえも、自分が正しいと主張しまくる始末です、上司や先輩の言うことも無視を決め込んでしまいます。
とんでもないです。

そんな社会で働いているからこそ、教員というのは非常識な方ばかりです。
むしろ、常識的な感覚を持っている人が上手くいっているとも言えます。
そうなってくると、うまくいっている人のほうが少ないと思っていますから、、、教員社会ってのは基本やばいのです。




文句が言いたいわけではなくて、もしも、今自分がやっていることが本当に正しいのだろうか、という疑問を日常的に持てたら、きっと教員として変わっていけるのです。
世間の非常識の中で生活して、その価値観に侵食されているから、むしろ、、、生徒とうまくいかないのだとしたら。

こんなことを書いている私自身の「頭がおかしい」のかもしれません。
私は教育現場では、「おかしなことばかりまかり通る」と思っている・感じている人間ですから。
どちらが正しいのかはわかりませんが。

私の考えを実践に移していけたら、教育現場はもっとよくなるし、生徒指導もうまくいくようになるし、その環境も整うし、教員の仕事自体も減ると考えています。
でも、その実現は困難です。


どうしてかというと、「今までやってきたやり方を変えたくないから」。
ベテラン教員はそうやって理不尽に残業の山を築いてきたのに「若手が逃れようとしたら許せない」のです。
それだけのこと。

新しいやり方なんて、変化があって嫌だから、今までのように泥臭くやっておけ、先輩の言うことは正しいから黙ってやれ。
学校ってそんなものだってね。
クラブ指導もやって当然、生徒指導は自分で頑張れって。

校長なんてのは最たるもので、教員の負担なんか減らしたいとは全く思っていないのですから。
今までのように教員が自己犠牲を発揮して、何の問題もなく、教育委員会にも目をつけられなくなればそれでいいんです。






変に教員のために何かしようとする方が、校長自身に被害が飛ぶ恐れがあるからです。
校長が大事なのは、教員ではなくて、校長自身。
面倒なことなんて嫌なんです。

校長が決断することで、無駄が相当に減ります。
でも、やりたくないんです。
自分を犠牲にしたり、リスクを抱えるのは嫌い。

だから、

教育現場は変な常識にとらわれて、作業の効率化などの概念は持たずに、愚直に教員を犠牲にし続ける体制を維持しているのです。
そうすることがベテラン教員が生きていくための必要なことであり、それがアイデンティティーなんです。

極論かもしれませんが。
現場で起きていることは、本当におかしなことばかりだと私は思っています。