新年の挨拶で見えてくるもの | t-labo(中学校教師の支援サイト)

新年の挨拶で見えてくるもの

みなさんは、もう職場で新年の挨拶をしたでしょう。
それでいろいろと見えてくるものがありますね。



親しい人には挨拶をするし、親しくない人には挨拶に行かない。
きちんと挨拶ができる人もいるし、いい加減な挨拶しかできない人もいる。
当然でしょうけども。

どうでもいいことなんですが、こういうところに、その人の気持ちが出るものですよね。
その気持ちは、要は「その人とどういう関係を築きたいか」を如実に表しているわけです。

人によってはムカつく管理職に挨拶をしないこともあるし。
その場合、「6日前に顔を合わせていたのにいちいち面倒くさい」って言うかもしれませんが、それ以上の意味を持ちますね。

そして、すごく実感することが、「嫌な相手にわざわざ頭を下げたくない」って人間思うんですよ。
だから、土下座なんて絶対に嫌って思っちゃう。
それと同じで、「あいつに挨拶をしに行って頭を下げるのは絶対に嫌」ってなります。




この気持ちをもつのはわかるんですが、気持ちは行動に現れ、表情に現れて相手に雄弁に語りかけ、知らず知らずのうちに相手にメッセージを伝えています。
職場で新年の挨拶を怠ったということは、あなたは「お前は嫌いだ」というメッセージを送ったという風に考えてもいいでしょう。
あなたは選択したわけです。「あいつは嫌い」って。

そもそも論で言えば、職場に「嫌いな人」がいる段階で実のところ、大きな大きな障壁になるんですよね。
挨拶云々ではなくて、それ以前の問題。
新年の挨拶は、それをはっきりとさせる、再認識させるきっかけに過ぎなくて。

あなたは、嫌いな人をあえて作っているわけで、それをいちいち職場の人間関係に出して、周囲に気を使わせて、仕事をやりにくくしています。






言い過ぎですか?

でも、実際はそんなものでしょう。

少なくとも、事務、管理職、学年団には気持ちよく新年の挨拶をしたいところです。
仮に「苦手」「嫌い」があったとしても、新年の挨拶は相手に「よろしくね」と伝える心機一転の言葉でもあるわけです。
相手に近づこうとする努力は相手には届きますし、そうやってわざわざ挨拶をすることは伝わります。


あなたのちょっとしたプライドで新年の挨拶をしなかったとしたら、それは大きなマイナスでしょう。
新年だからこそ、職場の人全員に気持ちよく挨拶をしたいものですね
(って、記事をアップするのが遅すぎますが)