いやいや違うんです。私は生徒と人間関係できているし、びびってもいません。でもどうしたらいいですか? | t-labo(中学校教師の支援サイト)

いやいや違うんです。私は生徒と人間関係できているし、びびってもいません。でもどうしたらいいですか?

みなさん、こんにちは。tetraです。

今回は、以下の記事に対して、質問者さんからいただきました。

みなさん、こんにちは。tetraです。 今回は、 こんにちは。私は初任校5年目の者です。 初任校は市内でワーストな学校で、慢性...

前回の質問記事に、勤務校が市内ワーストな学校だと書きました。
生徒らはあまりに堕落した生活を送っており、遊ぶことや食べること、恋愛や性に関することの話に一辺倒です。
このような感じで生徒とまともな話がしにくいということが前提にあるということを書いたつもりでした。

生徒との関係を深めるためのきっかけとして雑談をしようにも、興味を示すテーマがこういう内容ばかりで普通な話題が通用しにくいので困っています。
そのような手段に手を染めなくても生徒と友好的な関係を築く方法を四苦八苦しながらも模索してきました。
例の先生のように、いくら生徒が興味を持つからといって猥談ばかりし、それをきっかけにして心を掴むなんてあり得ないと思っています。

また他の先生は着任以来尋ねても返ってくる答えは「生徒指導って難しいよね。すぐには変わらないわ」ばかり。
まともに的確なアドバイスをいただけない状況にいます。

さて。生徒がこわいわけではありませんが、叱ることで逆効果になってしまうことが多い生徒らなので、「あまり叱られた気にならない注意の仕方」「生徒の話をよく聞くこと」を大切にしてきました。
授業中離席をする生徒がいたらすぐにもとの席に戻るようにもちろん捕まえに行きます。
ただ、「はっ?どこで授業受けても一緒やろ?はいはい。後で行くからあっち行って〜」とか言う生徒らが数名います。

学級崩壊状態で私語を止める方法が私にはわかりません。
他の先生の授業でも同じ様子らしいです。
彼らとも割と良好な関係は築けるようになってはきたものの、生徒らの暴走を食い止められないため、行き詰まり感を感じています。

そんなこんなで、きつく叱ることも大事だと思ってどういうタイミングやどういう生徒の心境のときに叱るか、何と叱るかなどにも意識を向けるようにしています。
他に何か意識するといいものがありましたら教えてください。


ということです。
今回はかなり長く書きましたので、ご注意です。



すいません、ずいぶんと読み違えていたようです。
本当に特殊な学校のようですね。

周囲の教員も力がない、変な文化がある、地域としてだめ、ということであれば、もうやりようはないので延命していくことだけを考える方が一番まとも選択だと思います。
無理をしないほうがいいでしょう。

>彼らとも割と良好な関係は築けるようになってはきた

とありますから、十分やることはやったと考えてもいいのではないでしょうか。
とここで終わってもいいのかなと思います。





私の結論というか、考えは前回と変わらずに

現状を変えたいなら行動をする。変えたくないなら何もしないでいい

です。


揚げ足を取るような形になるかもしれませんが、

>「はっ?どこで授業受けても一緒やろ?はいはい。後で行くからあっち行って〜」

という反応は、生徒と人間関係ができているような形ではないですね。
むしろ、なめられている、相手にされていないような反応です。
でも、

>割と良好な関係は築けるようになってはきた

と認識をされているのか、この生徒たちは例外なのか。
以前と比べるとこれが「割りと良好な人間関係」になるのか。
私自身、これほどまでの学校は聞いたことがないのでなんとも想像がつきませんが。





上記のような発言を平気でするような生徒が数名いる段階で、離席の注意のために捕まえに行くというやり方が正しいかどうかであり、その方法を取るべきなのかは考えたほうがいいと思います。
なめられているわけですから、まっとうな論理で攻めても無理でしょう。
むしろ、反発されてどうにもならない、効果がないような状況を生むと思います。

生徒指導でも「教員は言わないといけないんだ!」と厳しいことを言っても生徒指導にならないのと同じで。
今教室でやっていることは、通じないことをやっている可能性は高いと思います。

人間関係を作るなら、相手からは一目置かれないといけません。
そうならないのに、生徒は相手にはしてくれませんし、言うことも聞きません。

そもそも離席したからと言って、すぐに短絡的に捕まえていくことが正解かどうか。
また、生徒になめた発言をされたときにどういう反応をするか、生徒はここを見ています。
押し問答みたいなことをやっているのであれば、NGです。

むしろ、そんな生徒を相手に猥談をする教員のほうが、生徒からすると「この先生はわかっている」と思われるでしょう。
注目したいのは、質問者さんがやっていることは、「生徒のため」ですか? それとも「管理のため」ですか?





猥談をする教員は少なくとも「生徒のため」にそういう話をあえてしているし、「生徒のため」にレベルを合わせています。
話の内容はともかく。
今やっていることが、結局は「誰のため」なのかは必要だと思います。

離席を捕まえに行くにしても、先に何かやりとりをして生徒を喜ばせてから「おとなしくしておけよ」「席くらいついておけよ」と言えば、生徒の反応も違います。
これは生徒指導のときに、生徒にガンガン罪を責めるのではなくて、その前に「ここの行動は偉かったな」と認めてから話をするのと同じです。

生徒のことをびびらずにやるべきことをきちんとやっているのだと思いますが、そのやり方が果たして生徒に届くのだろうか、と考えてみてください。
そもそも生徒に届くことってなんでしょうか。

今やっていることは、「生徒のため」ではなくて「管理のため」ではありませんか?
この感覚を磨いていかないと、自分が生徒指導をさっさと片付けたくて生徒のことを責め立てたとしても「生徒のため」と妄信的に思ってしまいます。
生徒のため、というのは、結局は、生徒が受け容れてくれないと言葉には意味が無いのです。






だからといって猥談を進めているわけではありません。
ただ、そのやり方は「生徒のため」という発想があるでしょうし、生徒には届きやすくて、「生徒のため」にやってくれている気持ちを生徒は受け取るからその教員のやり方はともかくとしても、生徒はそれなりに受取なり、それなりの反応や言うことを聞くなどしているのだと思います。


また見当違いな分析かもしれませんが。

質問者さんは「ある程度人間関係ができている」とある意味過信しているのかもしれません。
だから、「あとは言うことを聞かせるだけ」と思って、教員としてやるべきことをしている。(とても立派なことです)
でも、問題となる生徒からは受け容れられていないわけで、人間関係がうまくできていないところにまっとうな指導をしようとしても機能しないわけですね。

人間関係ができていると思っているから、「生徒のため」という発想ではなくて、「管理のため」の行動を多く取っているのではないでしょうか。
まずは考えるべきことは、「生徒のため」ということをよく考え直すことであり、生徒に反発を受ける現状では人間関係はできていないと認識することだと思います。

生徒の行動には欲求が隠されていますから、

生徒の離席 → 生徒を捕まえに行く

のではなくて、

生徒の離席 → 生徒のためのやり取り → 生徒を捕まえに行く


という風に、「生徒のため」を入れると人間関係は良好になりますし、生徒の欲求の解消にも繋がるでしょう。
また、生徒に反発された時にどう返しているかです。




>「はっ?どこで授業受けても一緒やろ?はいはい。後で行くからあっち行って〜」

と言われて、まっとうに反応しても意味なんてなくて、それをどうやって面白く返すかを考える方がいいですね。
それは生徒とコミュニケーションを取ろうということでもあり、生徒の予想通りの反応は、結局は生徒の反発を生み、生徒は反発することが目的になっているので、教員の言葉を言い訳に自分勝手な行動をする自己正当化を起こします。

教員の反応は「しめしめ」なんです。
その「しめしめ」の反応をしている限り、正しい欲求の解消にはならないし、生徒の行動は問題ばかり起こします。
こうした欲求の部分に関して、幸せになる勇気に書かれてあったので、私は勉強になりました。



ここまで書くと、質問者さんは、

人間関係できているし!
そんな一部の生徒のことを取り上げて揚げ足取りをして楽しいか!?
生徒のためにやることをやっているのをお前はわかってないし、とっても大変な、それこそ「ワースト」だぞ?
わかってないだろ!偉そうに!!

と反発されていると思います。




私の考えで言うなら、

学級の3人と人間関係ができていなくて、あとの生徒と人間関係ができていたとしましょう。
そうなると、授業は混沌とせずに、秩序正しいものになります。
3人 対 多数 の関係ですから、「授業受けようや」「あの先生の話を聞こうや」ってなります。

3人ではどうしようもありませんから。

これは私の人間関係の考え方です。
人間関係ができるということは、こういうことだと考えています。

となると、今「人間関係ができている」と考えているのは、、、ちょっと行きすぎなのかなと思います。
否定ばかりで申し訳ありません。
この分析はきっと間違えていますから、鵜呑みしないでください。




数名の突出した問題を露骨に起こす生徒がいるのは確かで、抑えるのはとても大変です。
では、その他大勢の問題を表面上起こさない生徒たちは、どうでしょうか。

問題を起こさなかったら、あなたと人間関係ができていると考えていいのでしょうか?


それは違います。
問題行動を起こすのは、極度な欲求不満のレベルになったら。
そこまでいかない生徒たちは、教員に不信を抱きながらも表面上は「黙っている」だけなのです。

このことを「軍門に下ったな」と人間関係ができていると感じる人もいるようですが。
違います。

先程書いたことと同じで、その他大勢に対しても、人間関係を作るような働きかけ、この場合は全体に対しての言葉かけになりますが、それをやっているかです。





私のイメージとしては、

全体への人間関係を作る働きかけ

クラスの調子者が反応する

応対して調子者と人間関係を作っていく


という形で、働きかけで反応してくれる生徒との人間関係を大事にして足がかりを作っていきます。
そして、

全体への人間関係を作る働きかけ

クラスの調子者やその仲間が肯定的に反応する

クラスが温かい空気に包まれる

リアクションしないその他多くの生徒も温かい気持ちになる

その他大勢と人間関係が深まっていく


という流れです。
その他多くの生徒と人間関係を作るためには「笑い」という楽しい共有体験が必要です。
共有体験を元に、生徒は「この先生は生徒のためにやってくれている」と考え、「信じよう」「ついていこう」「尊敬できる人だ」となっていきます。
それは一部の問題生徒の心にも届きます。




その一方で、問題を起こす生徒たちがいます。教員が好き勝手にみんなのご機嫌を取っていると感じて面白くないわけです。
クラスでは自分が一番偉いのに、「俺を差し置いて何やっている」とムカつくわけですね。
だから、反抗してくる。

>「はっ?どこで授業受けても一緒やろ?はいはい。後で行くからあっち行って〜」

それをどうするかです。
その他大勢の生徒たちは、見ています。「この人はどうするのか?」と。

私の考えで言うなら、

問題生徒も笑いで包み込んでしまえば、みんなが仲間になる


です。
だから、まっとうな反応ではなくてひねりを加えて返します。
意外な反応に問題生徒は生徒は驚くでしょうし、そのことでクラスに笑いが取れたら、その生徒が笑いを取ったことにもつながり、悪い気分ではないでしょう。
「君は面白いことを言うな~」などと、相手を認める発言をして上げれば、

問題生徒の負の発言

教員の意外な返し

クラスの温かい笑い

本人の満足感

生徒を認める発言

本人の満足

そのやり取りを見ていたその他大勢の心が温かくなる

問題生徒はクラスの一体感に驚き、所属感を得る

「問題を起こす」のではなくて違う関わりでもいいんだと気づく


という流れになっていくと思います。
これらは私の考えるクラス論でありますから、どうかはわかりませんが。

人間関係を作ることに関しては、

1.調子者
2.その他大勢
3.一部の問題生徒

という流れになるとは思います。
生徒指導をきちんとできる人であれば、生徒指導を通じて割に早い段階で「一部の問題生徒」との人間関係は早く作れます。






この人間関係の大事なところは、「あいつがあの教員のことを認めている」ということです。
この影響力はすごくて、調子者との人間関係ができることは本当に意味が大きいわけですね。

当然のことながら、クラスの問題生徒との人間関係ができたならば、多大な影響力を持ち、「そのクラス」はもう反抗しないわけです。
もっといえば、問題生徒と人間関係ができたならば、他のクラスの問題生徒からも「一目置かれる教員」になり、しかも、人間関係を築きやすくなっているわけです。


逆もしかりでして。
クラスの調子者と人間関係ができていないと、ほぼ誰とも人間関係なんてできていないのと同じです。
「その他大勢の中の1人」と人間関係ができていても、その影響力は皆無だから。

人間関係ができるということは、温かいやりとりができることであり、「この人の話を聞きたい」と肯定的に思えるわけです。





・・・となると・・・


あなたも生徒に対して「話を聞きたい」と思い、行動に移さないといけないのです!!



だから、「管理のため」で動いている教員には人間関係はできないのです。
だって、生徒の話なんて聞きたくないのですから。


・・・ずいぶん長く書いてしまいましたので、これ以上書くのはやめておきます。
見当違いなのかもしれませんが、

私の結論としては、

「人間関係ができているか」ということをもう一度見直す方がいいですね
そして、その人間関係を作るというときに、1対1というよりも、「1対クラス」という形での人間関係の作り方を見直すといいと思います。