生徒の管理を目指すと危険な理由 | t-labo(中学校教師の支援サイト)

生徒の管理を目指すと危険な理由

うまくいかない人ほど、「生徒のため」ではなくて「管理のため」に動くようになっているように思います。
「管理」とは何かといえば、軍隊のようなものです。

ルールの遵守を求め、上官の命令は絶対的な上下関係に基づく関係です。
体罰教員はこの「管理」を目指しています。



管理が楽なのは、生徒の気持ちの問題ではなくて、教員の気持ち・意向で物事が動かせるからです。
体罰教員は多くは体育であり、体育は教科の特性上、そうしたものが強く出やすいのだと思います。
管理教員は、言いたいことはガンガン言うわけであり、うまくいけば生徒はビビリ、言うことを聞きます。

うまくいかない教員は、その様子を見て憧れるわけです。
また、うまくいかない教員を見て、管理教員は「言うべきことを言えばいいだろ!」と言うわけです。

うまくいかない教員は、生徒のわがままに振り回され、生徒指導の話も聞いてもらえず、おかしなことがまかり通る日常を送っています。
だからこそ、言いたいことを言って、それが通るなんて天国です。
生徒への恨みもあります。

だから、言いたいことを言って、言うことを聞かせることに憧れるわけです。




管理というのは、生徒のコントロールであり、教員の意のままに操ることを意味します。
管理を主体にすると、教員の意向から外れると嫌なんです。
教員主体であるので、常に「自分」が大事。

生徒のためではないので、生徒からすれば「冷たい教員」に映ります。
それがうまくいくかは考えたほうがいいわけです。

管理というのは、私の考えで言えば、体罰教員を目指すやり方です。
それがいいのでしょうか?


生徒への恨みが積もっている人は、きっと「教員の言うことを聞いていればいいんだよ!」って思うでしょう。
それに「学校にはルールが必要で、そのルールを守らない生徒がおかしいんだから、管理とかいちいち偉そうに言ってんじゃないよ」と言うでしょう。

ルールは必要です。
ただそのルールが教員本意であってはいけません。

学校ですから、当然ながら「管理」という側面は必要ですが、教員本意・都合であってはいけないわけです。
「生徒のため」というのが、根底にないといけない。
割合で言うなら、「管理」はサブで、「生徒のため」がメインです。






うまくいかないから言うことを聞かせよう聞かせようと「管理」に走ってはいけません。
あくまでも、人を動かすのは心ですから、「生徒のため」をメインに押し出すべきです。


「俺は生徒のためにやっているけど、生徒は言うことを聞かないんだよ!」と言う人もいますが、状況を見てみないと何とも言えない部分がありますが、

生徒のためと言いながら、教員のために動いていませんか?

ってことは本当に多いです。そもそもの「生徒のため」というのをよくよく考えてみてください。
みなさん、こんにちは。tetraです。 今回は、おそらく生徒の管理を目指すと危険な理由についての質問です こんにちは。恐れ入りま...