私は放牧派。放牧の学級経営って何? | t-labo(中学校教師の支援サイト)

私は放牧派。放牧の学級経営って何?

学級をどのように機能させるか。
これが一番の問題であり、難題です。

何が正解で、何が正しいのでしょうか。
「管理」が本当に悪いのでしょうか。

今日は私がやっていることを書きます。



私の教員としてのイメージとしては、「放牧」です。
いきものがかりではありませんが。。。

「管理」を否定しているわけではありません。
管理をメインにすることは危険であり、管理という側面は必要なのです。
この辺の兼ね合いを考えてください。


生徒を牛とすると、学級とは牧場のようなもので、柵があって牛たちは放牧されています。
牛たちは柵の中であれば自由に行動することができますが、柵を越えると捕らわれるなどのペナルティを受けます。

お前も柵で管理しているじゃないかって言われそうですが。
牛舎のように小さな枠に牛を追い込むことはしたくありません。

そして、できるなら、柵は牛から見えないほど大きなものにしたいと思っています。
つまり、牛たちが自ら柵を超えないように考えて行動するようになればなるほど、牧場は拡張されて柵が遠くに設置されます。
生徒たちは、自分達でやることを考えて、自分達がやりたいことを最大限やれるような環境に近づきます。




方や、荒れている学級や年度始まりは、牧場は小さく、柵はすぐそばにあります。
牛たちには、柵を超える危険を説き、どうやったら柵を越えなくても済むようになるかを教え、成長させていきます。
そうして徐々に牧場の拡張に入っていくわけです。


管理=柵 という側面はどうしても必要です。
しかし、それをメインに考えてしまうとがんじがらめになってしまいます。
だから、私としては、柵、つまり管理できるだけ見えないようにしたいし、管理されているから生徒はそういう行動をするのではなくて、自分で善悪を考えて行動させるように成長させたいのです。

管理 → 生徒にルール・教員の言うことを強制
放牧 → 生徒にルールの意味を考えさせ、理解させ、成長させる、自発的に行動させる

という感じです。
放牧という表現を変えたいのですが、、、いい表現が見つかったら変えます。






管理をメインにすると、生徒を成長させるという視点がありません。
これが「生徒のため」ではないということです。

放牧をメインにすると、生徒にはその成長に見合った自由が与えられます。
その中で試行錯誤ができるし、新しい提案もできる。
放牧をさせるためには、生徒の自主的な行動がきちんとした善悪・道徳観・倫理観に基づいていないといけないので、成長させないといけません。
生徒の成長を考えるわけですから、「生徒のため」となります。


管理をメインにすると、生徒は大人に従順になることを覚え、自発性はなくなるでしょう。
人間関係の作り方は管理をベースとして覚え、大人になると、自分の子どもを管理しようとするでしょう。

放牧をメインにすると、生徒はルールの意味を理解するでしょうし、人やルールなどとうまくやっていくこと、協調していくことを学びます。
良好な人間関係を築いていき、相手のことを大事にする人間になっていくでしょう。


これは私の考え方ですから、あっているかどうかはわかりません。
ただ、「生徒の成長」を基盤におかないと、その後の発展はないのです。
管理に基盤をおいてしまうと、その場しのぎとなり、常に「管理すること」に追われてしまいます。

それでも、管理を目指してしまうのは、「今」が大変すぎるからだとは思いますが。