人を育てるのは、楽しい体験の共有 ~声かけが機能しない理由とは | t-labo(中学校教師の支援サイト)

人を育てるのは、楽しい体験の共有 ~声かけが機能しない理由とは

教員としてはどうあるべきかを中心に書いてきましたが、ちょっと目先を考えて学級経営に関することを気が向くままに書いていきたいと思います。
うまくいかないと嘆く方は多いのですが、

辛いことばかり数えていても仕方ないよ。楽しいことを増やそうよ

と言いたいと思います。
こういう話をしてきませんでしたが。



「管理」を主体にすると、教員が主役と勘違いしてしまって、自分の意のままにという部分が強調されてしまいます。
生徒を軍隊のようにコントロールしたいと考えるのはやめましょう。
うまくいきませんから。

だったらどうしたらいいのか。
それは楽しい体験を生徒と共有することです。

人気がある小学校の教員と言えば、休憩時間に児童と一緒に遊ぶ教員ではないでしょうか。
例えば、一緒に苦労した教員とは「戦友だ!」と感じることがあるでしょう。
それと同じだと思います。

生徒たちは放っておけば、自分達で楽しい体験をします。
一緒に体験したから仲間なわけですよね。
そこに教員も一緒にいたら、同じように仲間と生徒に見てもらえます。




言葉足らずだったなと思うのが、、、、

生徒に声をかけましょうとよく書いていますが、、、、声をかけて、生徒と楽しい体験を共有しましょうという意味だったんです。


・・・。

言葉足らず。言語化できていませんでした。


声掛けしましょうと言ったら、「何を話せばいいのか?」と聞かれる始末で、、、そんな発想だったら、到底楽しい体験なんてできませんね・・・。
「昨日何食べた?」と事実のやり取りをして「あー、俺は今日声掛けしたからOKだ!」なんて言っていたら、意味なんてないですよね。。。

自分の言葉足らずだったんですが、結局は、そこに


楽しいやり取りがない


わけですから、全く意味がないんですよ。

声かけをしましょう = 生徒と楽しいやり取りをしましょう = 楽しい体験を共有しよう


ということです。






私の感覚では、上記の式になるので声かけはきちんと機能します。
しかし、それが普通ではなかったようで、話題に困るレベルから、「声かけたらOK」となるわけでして・・・。


ですから、生徒への声かけとは

私の感覚 → 生徒との遊び
多くの教員 → 義務。目的。

なのです。

授業などで嫌がらせ発言などが生徒からあったとしても、それは私からする「遊び」なのです。
だから、どうやって返したら面白いかなと考えて、返します。
多くの教員にとって、それは「嫌がらせ発言」であるために、「言い負かしてやる」と考えて返すわけです。

私はそうやって生徒の声を「遊び」として捉えて、楽しい場にしよう、楽しくしようとしているので、自然と生徒との楽しい共有体験ができています。
これが良好な人間関係に結びついていると確信しています。

だから、声をかけようと言っているのですが、その本意が言葉にできませんでした。

というわけですので、なぜあなたの声かけがだめなのか、これからどうすればいいのかがわかりましたね。
今日からやってみてください!!