社会的証明の原理を教員としてどう活かしていくか | t-labo(中学校教師の支援サイト)

社会的証明の原理を教員としてどう活かしていくか

社会的証明の原理というものがあります。

それは人の行動を見て自分の行動を決定してしまうというものです。
行列の店を見ると並びたくなるような衝動です。
みんなが並んでいるってことは美味しいってことだろうと考えるのです。

Amazonで「カテゴリー1位」と書いてあると、「きっといいものだろう」と思って購入してしまいます。
そうした他人の行動が知らず知らずに自分の価値判断になっているわけです。

教室でもそうです。



みんながやっていることを正しいと判断する。
ある意味では、空気を読む的なものですね。

とんでもない問題生徒も落ち着いたクラスに入れると、暴れなくなるのはこの社会的証明の原理でしょう。
授業中は黙っているのがいいんだと、自然にインプットされるのでしょう。
こうして大多数の行動や価値判断に知らず知らずのうちに影響を受けます。


となると、担任のことを嫌い!と誰かが言い、それに同意する人が現れて、誰も反対しなければ、「担任のことを嫌いかもしれない」と大多数の生徒が思うかもしれないってこと。
逆も然りで、担任が多くの生徒から好かれていると、その中で担任への反対は言いにくくなるし、嫌いだったはずの生徒も「案外いいやつかもしれない」って思うわけですね。

この群集心理をどう活かすか。





1対多の生徒指導・人間関係というものを、最近書いていますが、まさにこれです。
みんなで楽しい経験を共有しましょうというのは、みんなで笑うと、笑っていなかった生徒やその教員を嫌っている生徒も、知らず知らずのうちに「みんなで楽しいことをした」「あの先生の言うことは面白い」「親しみが持てる」と思うわけです。

生徒と関わろうとしない教員は、生徒の好悪感情はその場の空気感で決まってしまいますが、笑いを取ることを考える教員は教室の空気感を自分に対して好意的な方向に誘導できるわけです。
この差が大事なのです。

生徒と敵対しなくていいわけですが、何もしないと敵対するかもしれないのが、社会的証明の原理なのかなと思います。
生徒は未熟で気分で動きますから、その時次第ではわからない、予想できないのです。
これほど怖いものはありません。

だから、自分から積極的に声をかけて、雰囲気を作っていくんです。
「みんなが笑っているから、あの先生はいい人だ」「問題生徒が認めているから、あの人は力がある」となっていきます。
他人の反応を見て考えているのです。






また、複数の生徒が問題を起こした時に、個別に離して話をするのも、「仲間を裏切ってはいけない」という社会的証明の原理が働くのを防ぐためです。
「◯◯くんが△△って言ったよ」と誰かがばらすと、他人がそうしているなら自分もと話し始めるのです。
最初に誰の口を割るか、割りやすいかを考えるといいわけです。

複数の生徒への生徒指導を同時に行うのが難しいのがここにあります。
みんなが裏切らないという行動を取るから、徒党を組む行動を取るから、それが正しいとなってしまって強情になってしまいます。
この力は思う以上に怖いものですから、話は個別に聞く、個別に生徒指導をして、最後に全員を引き合わせてという段取りになります。

教室で行われるいじめにしても、社会的証明の原理です。
複数の生徒が特定の生徒をいじめているから、「自分もやっていい」「自分もやるべきだ」と考えるし、「いじめは楽しい」とみんなが思うから、彼らはいじめることを楽しむのです。

結局は、何が正しいのか、何が正しくないのかをきちんと指導することが必要で、やってはいけないという空気を作らないといけないのでです。
要は集団心理ですね。これを意識しないと、いつの間にか自分が敵に仕立て上げられてしまいます。