本音で話をしていますか? | t-labo(中学校教師の支援サイト)

本音で話をしていますか?

同僚と生徒とのやり取りを聞いていると気になることがあります。

なんか・・・嘘くさい

って感じる人がいます。
その一方で、「ああ、この人は思ったことを話しているな」と感じる人もいます。

あなたは本音と建前のどちらの話を生徒にしているでしょうか?



例えば、生徒が「勉強なんてめんどくさ。この教科って将来使わないし」と文句を言ったとしたらあなたはどうやって反応をしますか?



・・・・



「何言っているんだ! 勉強は大事だろ! 今が大事なんだ!」などと、生徒の考えを否定して勉強の尊さを語る教員がいます。
私はこうやって言う人は嘘くさいと感じるわけです。

この人は勉強を面倒くさいと思ったことはないのだろうか?
と思うとともに、その人の現状を見て「そもそも、今のあんたは教員としての勉強をめんどくさがっているじゃないか」となっているんですよね。
言ってることが矛盾しているわけです。




自分でやりもしないことを生徒には当然のようにやれという姿勢です。
生徒指導関連の話では多く見られます。

これは、「教員としての建前」と「その人自身の本音」が乖離しています。
本当は「◯◯」だけど、教員としては「△△」と言わないといけない、そんな感じ。
ですから、周囲の人間からすると、嘘くさいって思うわけです。


もちろん、生徒もそれに気づくので生徒からの信用は落ちると思います。
スッキリと話を鵜呑みできない感じがするはず。

では、どうするか。
私は基本的に本音で思ったことを離せばいいと思います。
もちろんのこと、教員や人として言ってはいけないことはNGですが。

生徒が勉強が面倒くさいって言えば、「ああ、そうだね。勉強ってめんどくさいよね」と思っているなら言えばいい。
ある生徒のことを指して「あいつ、嫌いだ」と言えば、「俺もあいつ嫌い」は言ってはいけませんが、「嫌いな人間はいるもんだよね。俺もいるよ」って言えばいい。
教員として嘘を重ねるよりも、思っていることを語る方が真実味があり、生徒の信用度も違う。




「教員が面倒とかいったらだめだろ!」と思う人もいるかもしれませんね。
「教員がそうやって言ったら、生徒が勉強しない言い訳を作るだろ!!」とも。


肝心なのは、面倒だと言ったらやらなくていいわけではないのです。
生徒に「それでもやらせる」ことを選択すればいいわけです。
気持ちと行動は別物だからです。

だめな例はこうなります。

生徒「勉強って面倒だよね」
教員「わかる!わかる! 俺も面倒だった」
生徒「でしょ。だったら、この宿題やらなくてもいいよね」
教員「いやいや、だめでしょ」
生徒「えっ? 今、面倒だっていったじゃん。だからやらなくていいってことだろ。嘘ついたわけ?」
教員「は? 嘘なんてついてないよ。何言ってんだよ。宿題なんて面倒と言わずにやれよ。やって当然だろ!!」


こうやって生徒の気持ちに共感すると、生徒の甘えが出て不条理なことを押し付けてくるから「本音で語るのはだめだ」と経験して、防衛するために「建前で話す」ことに始終するようになるのかもしれません。
そうするとこういう会話になるかもしれません

生徒「勉強って面倒だよね」
教員「何言ってるの? 勉強って大事だから。面倒とか言ったらだめ!」
生徒「あっそ。だから?」
教員「面倒って考えるから面倒だってこと。これを楽しいって思えばいいでしょ。そうやったら楽しい」


生徒の気持ちを汲み取らずに、建前(正論)を押し付けるのは生徒もうんざりします。
相手が思いを語らない会話には価値なんて感じませんよね。
あなたの友達が適当なことしか話してこなかったら、心の距離を感じませんか?





建前で嘘を並べるよりは、本音で話すほうが説得力も心の距離も縮まります。
ですので、私はほとんど本音で話しています。
建前で話をすると苦しいというかむしろ面倒ですしね。

ので「今日はすっごく眠い」「今日はやる気がない」とか言いますし、「それは見てて嫌だ」「そういう言い方は腹が立つからやめてもらいたい」とか、言いたい放題ではないですが、発言する時には思うこと、感じることを言います。

眠いというときには、こういうことをして、こうやって、これがいけなかったとか、生徒に話をします。割りに生徒はこういう話が好きなものです。
やる気がないと言ってもやることはやるわけですし。
気持ちと行動は別物であるわけです。どう行動するかが問われているとも言えますね。

生徒指導的な発言をする時には、自分が嫌だから止めるということは多くて、どうしてかを理論的に説明したり、教員の建前としての指導をしたりを考えるよりも、簡単で早いです。
生徒の受け取りもいい。

本音を言うということに関してはいくつか注意しないといけません。
本音を言うからと暴言を言ってはいけません。
本音を言ったときに、生徒の甘えに負けないように、許さないようにしないといけません。

一番大切だなと思うのは、本音を言っても問題がないような人間性や考え方、ものの見方を養うことです。
魅力のない人間が出てくる言葉は汚いからです。
教員経験も長くなると、自然と出てくる言葉もきれいで、相手に届くものになります。