教師は効率を目指しても、非人間的であることを両立させてはいけない | t-labo(中学校教師の支援サイト)

教師は効率を目指しても、非人間的であることを両立させてはいけない

教員にたくさんの役割が求められていて、それをすべてこなすのはなかなか難しいことです。
中でも、生徒指導がうまくいかない、となると厳しいものがあります。

生徒指導というのは相手を納得させる技術であり、独りよがりであってはいけません。
しかし、生徒はなかなか納得してくれないので、面倒になり、時間がもったいないとしてゴリ押しをすることにつながります。

これは危険です。



生徒というのはこちらのペースでやってくれません。
「お前らは今から帰るだけだけど、こっちは残ってずっと仕事だぞ。なんでこんなつまらないことで、いちいち時間を使わないといけないのか」
生徒に合わせていると時間がもったいないのです。

だから、教員主体でやっていきたいとなって、ゴリ押しをすることになります。

生徒指導では、生徒の意見を聞かずに自分の意見を押し付けて「ほら、いいでしょ。お前が悪んだから謝れよ」と。
生徒が納得しなくても「殴ったお前が悪いんだから、謝れよ」と。

きっと正論であるんですが、すべて教員からの押し付けであると、受け取り手の生徒は納得しないんですよね。
そのペースについていけないし、その枠組に納得がいかないとか。
でも、教員側としては、「自分の言っていることは正しい」わけですから、非を認める必要なんてない。

納得しない生徒に続いて、「話を聞かない教員」が誕生してしまうわけですね。
そうして、教員と生徒の話が平行線になり、納得しないままに「言うことを言ったから、お前が悪いからな!」と捨て台詞を吐いておしまいになってしまいます。



教員としては、「効率」を重視して指導をしたつもりですが、生徒が納得してくれないなら何の意味もないですね。
むしろ、生徒をさっさと納得させた方が早いです。

教員の世界の「効率」というのは、生徒あってのものですから、相手を「もの」として考える非人間的な対応であってはいけません。
相手が自分の言い分に納得してくれるのかを考えるのが効率であるわけです。
決して、「自分の意見を押し通すこと」ではありません。

この違いがわかっていないと予想以上に時間を取られることになります。

効率を考えるなら、

・学級経営をきちんとして問題を起こさせないほうがいい
・問題の初期発見を大事にして、即対処するほうが、学級が成長して安定していい
・生徒指導は相手が納得するように、生徒の言い分を大事にする方がいい


となっていくわけですね。