真面目の罠1 ~教員になりたい人は真面目が取り柄 | t-labo(中学校教師の支援サイト)

真面目の罠1 ~教員になりたい人は真面目が取り柄

教員は大変な仕事であり、なかなかうまくいくようにならないものです。
それは今まで勉強ばかりやっていたかどうかわかりませんが、はみ出さずに真面目に歩いてきた人にとっては大きな試練です。

教員は真面目に生きてきた人の天職がどうかは正直微妙です。
「真面目」ではなくて、「人間としての魅力」が試されるからです。



教員を目指す、教員になる多くの方の自慢が、

実は「真面目」であること

「従順であること」

「いい子としてやってきたこと」

なんです。

意識していないかもしれないけれど、教員を目指す方の多くは、「真面目」「従順」「いい子」を大事にしてきた人ばかりです。
不真面目嫌い、不良大嫌い。
社会に大きく迷惑などかけず、はみ出さず、警察のお世話にならず、先生の期待に応えるようにやってきた人ばかり。

この生き方が悪いわけではありません。
好きな人生の歩き方をすればいいんです。

でも、勘違いしてほしくないのは、

真面目というのは、人間としての魅力の一部であるだけであって、生徒を相手にする教員にとっては、大きな魅力ではありません。
今までの人生を否定するわけではありません。
あなたが生きてきた人生の中で、あなたが大事にしてきたポリシーがそのまま生徒相手に通用するかは別問題です。



真面目な教員ほど、生徒に「真面目」であることを強制し始め、真面目という観点で生徒のことを一刀両断しようとします。
真面目に生きてきたし、それが自分を支える柱だけに、柔軟性を持たずに「真面目」が絶対正義となって、生徒から反発されてしまいます。

真面目というのは、1つの生き方であって、それがすべてではないことを知らないといけません。
生徒は多用な価値観の中で生きていますから、あなたが計り知れないことはたくさんあります。
家庭訪問したらゴミ屋敷だったということもあり、その家族にとってはそれが普通であるのです。


真面目を取り上げましたが、多くのことで自分の人生の価値観が揺らいでいくのが教員という仕事なのだなと思います。
真面目しか取り柄がないのであれば、嵐は乗り切れないです。
だからといって不真面目になれということではなくて、いろんな人間的な魅力を身につけていきましょう。

生徒は多用であるがゆえに、教員自身が多様性を身に着けていくのです。
前回は、真面目の罠ということで記事を書きました。 シリーズ化する予定もなかったのですが、多くの方に見てもらえたようで気にしてい...