異装する生徒をきつく指導したら嫌われしまいました。どうしたら? ~指導と人間関係を両立する方法とは | t-labo(中学校教師の支援サイト)

異装する生徒をきつく指導したら嫌われしまいました。どうしたら? ~指導と人間関係を両立する方法とは

みなさん、こんにちは。tetraです。

今回は、

こんにちは。毎日の記事更新、誠にありがとうございます。
生徒との関わりは楽しさもありますが、悩むことも多々ありますね。
ところで、おたずねしたいことがあります。

指導されたことを根に持つ生徒への対応についてです。
寒いからといってスカートの下にジャージをはく女子生徒がいます。
これ以外にもピアスやら化粧をやりまくるので、これまではただ直させるだけでしたが、先日担任としてきつく注意しました。

生徒はふてくされ、逆上し、指導失敗だと感じました。
それ以来その生徒が私のことを無視しようとするのを感じています。
話もまともにできないし…。どうしたらよい関係を築けるのでしょうか?


ということです。



あるあるな話ですね。

「指導」と「人間関係」というものをどういうつながりだと考えているかが大事なのかなと思います。

>ただ直させるだけ
>担任としてきつく注意

というのは、指導ではありますが、この指導において、人間関係を良くする要素はありましたか?
おそらく、これらの指導は人間関係を悪くするものだったであろうと思います。
だから、指導を続けると人間関係を悪くする典型的なものになっています。

理想論のように聞こえると思いますが、指導は人間関係を良くするものでなければいけない、というよりも、そうでなければ「関係がうまく続いていかない」と思ってください。
質問者さんの指導は、人間関係を悪くするものであり、それを続けたら当然の結果として生徒に嫌われます。



よくある勘違いは、指導は指導、人間関係は人間関係として切り離して考えることです。
この場合では、

指導として必要なことはやった。
今度は人間関係だ

と考えているのだと思いますが、仮に人間関係が修復できても、指導する度に関係は悪化するのですから、人間関係を良くするための努力は意味がなくなります。
もっといえば、そもそも論として人間関係の作り方がわかっていないのでしょう。
だから、指導に人間関係を良くするための要素を盛り込めないのです。


邪推すると、今まで人間関係を良くすることを考えずに、服装違反、即指導の原則で、「担任の言うことを聞け!」「ルールを守れ!」という原理原則を押し付けていただけなのかなと。
これが「面倒を見ている」と考えていて、だから「いい人間関係ができている」と思っているのでないでしょうか。
それは大きな間違いです。

勝手な邪推ではありますが。



例えば、あなたが同僚と職員室で雑談をしていると、校長がやってきて「お前は何をやっているか! 今は勤務時間だろう!
職務専念の義務がある!!」と説教されたらうれしいですか?
さらに校長は「授業研究やっているのか? 教員の義務だぞ。毎年同じ授業をするんじゃない! どう研究したのか見せてみろ!」と言ったらあなたはどう思いますか?

そして、校長自身は「お前のことをここまで可愛がって面倒見てやっているのに、その態度は何だ!!」と怒り始めたら、あなたはどう感じますか?


あなたはこれと同じことを生徒にやっているのではないでしょうか?
嫌われるってこういうことです。

あなたは校長にどんな声かけをしてほしかったですか?
校長の説教を欲していましたか?
校長にお世話になっていると感じるためには、校長に何をしてもらいたかったですか?



こうやって書くと、あなたはふつふつと沸き上がる思いがありますね

「あの生徒は服装違反を平気で繰り返しているんだ!おかしなことをやっているのに、なんで俺が怒られるんだ!!」

と。猛反論・猛反発したい思いになっているでしょう。

では、ルール違反をしていたら好き勝手に言いたい放題説教をしてもいいのですか?
雑談をしていて校長に「職務専念しろ!」と怒られるのは許せないのに?

矛盾していますね。
おかしいですね。

「他人にやっても平気だけど、自分がされたら嫌」ということを平気でやっているからこそ、生徒に嫌われます。
都合がいいからです。
つまりは、相手のことを大事にしていないの一言に集約されます。



服装違反をした時に、「服装を直せ!」と外見のことに反射的指導をするのではなくて、「こうやって服装違反をしてくるってことは、何かあったのかな? 大丈夫かな? ちょっと話を聞いたほうがいいな」と思える人間であって欲しいと私は思います。
表立っての行動には、必ず「満たされない欲求」というものがあります。

それなのに、「満たされない欲求」を無視されるのは悲しすぎますし、そんな相手のことを信頼しないでしょう。
相手の満たされない欲求を探り、その琴線に触れることができれば、生徒は異装などしなくてもいい、もしくは妥協点を見つけることができるでしょう。
指導とは生徒理解あってのものであり、生徒は先生から理解されていると感じるからこそ、指導を受けたとしても人間関係は良くなるのです。
生徒は「先生にお世話になった」と感じるでしょう。

あなたの今までの指導はこういうものでありましたか?
そうでないなら、まずはこういった生徒理解を大事にする関わり、指導に関心を持つことをおすすめします。