塩にプリンという残酷なたとえ。あなたはどうしますか? | t-labo(中学校教師の支援サイト)

塩にプリンという残酷なたとえ。あなたはどうしますか?

シリーズで書いていますが、前回は

うまくいかない教員のことを私は完全否定したわけです

「そもそもお前の人間性に疑問を感じる」という人が多いでしょう。

「否定するから受け容れられないから、それはやり方が間違っているのではないか?」とも言いたいでしょう



やり方が悪いのはそうかもしれません。
でも、

私はあなたの人格を否定しているのではなくて、あなたの行動の在り方を変えなさいといっているのです。
あなたがだめではなくて、その行動なのです。

そもそもどうして否定するのかと言えば、以前書いた例ですが、


一生懸命にプリンを作っている職人がいるのですが、砂糖ではなくて塩を入れているんです。
できあがったプリンは塩辛くて食べられない


という景色を私は見ています。
どうしますか?




うまくいかない人は、塩を延々と入れているんです。
「砂糖入れた方がいいよ」と教えてあげても、上記の通り、

お前は私を完全否定するのか!!違うやり方があるだろう!! と読者が思うわけですね。


実のところ、この「プリンに塩」のときにあった反応の中に「それでも塩が入れてしまう」というものがありました。
その本人としては、

まずい指導にも、どうしてもそれをしなければいけない理由がある

と考えているからだそうです。
だから、塩プリンも一定の価値があり、どうしても必要だということです。


あなたはどう思いますか?





私の見解としては、根本的にプリンに塩はありえないわけで、その人の考え方が根本的に違うと答えます。
テストに間違った回答を毎回書いて「おれは正解だと思うから、これでいいんだ!」とやっているものです。

つまり・・・・


明確に「君のやり方は違うんだ」と否定しないとスタート地点にさえ立てないのです。


私は読者の方と人間関係がないので、このブログで明確にそれを教えているだけです。
私だって、現実的な人間関係がある中ではこんなこと言えないし、

だから、現実世界ではうまくいかない教員を、そう簡単にうまくいくように成長させられません
ある意味では語弊がある言い方ですが、3年間同じ学年を持ち上がっていき、継続的なアドバイスをずっと繰り返していくことで、3年かけて成長はしていきます

そうしたプロセスなんですが、あなたは「一瞬」でうまくいくようになることを期待しているでしょう?
それなら、私が提案すること、考えることを受け容れざるをえないのです。
私はあなたに対して3年もかけて継続的にここで優しく教えてあげるような、忍耐力も時間的な余裕もありませんから。

あなたはそれでもプリンに塩を入れますか?