「正義」を考えさせる | t-labo(中学校教師の支援サイト)

「正義」を考えさせる

正義と書くと、とてつもなく胡散臭く、怪しい臭いがしますが。
ウィキペディアによると

正義とは、倫理、合理性、法律、自然法、宗教、公正ないし衡平にもとづく道徳的な正しさに関する概念である。


言葉の意味的には問題ないし、大事にしたいものですよね。



ある先生が言った言葉ですが、

「この教室には正義がない!」

と。
これを聞いてなるほどなあって思ったんです。。

というよりも、自分の心に響いた。


教員それぞれ決まり文句、決め台詞ってものがあると思うんですが、これを聞いた時、ちゃっかりとストックしました。


正義という言葉は、今の日本ではほとんど使われない言葉でしょう。

なんでもなあなあに、いい加減にする文化ができていて、きっぱりどうこうするよりも、当たり障りなく、という雰囲気に包まれている気がします。
義務教育の学校で生徒がやること、教員がやることもけっこうなあなあが多い。

だから、正義って使いづらいんです。
正義って言葉は何かをはっきりさせないといけない響きがあります。

ぼくはだからこそ、響くものがあると思ってます。





そもそも、学校生活がなあなあのいい加減ではいけないのですから。
みんながやるべきことをこなしていくからうまくいくわけで、それをいい加減したらおしまいです。


そうした状況において、我に返せる効果が正義にはあると思います。


根本的な使い方は、クラスが荒廃してきた時、その徴候が出てきたときに使います。
「このクラスには正義はある?」って投げかけるわけです。

生徒はハッとし、自問します。
説教ではなく、生徒の心に響く言葉だと思うんですよね。
心ある生徒には大きく響くはず。

また、正義は悪と対比される言葉ですから、自分の立ち位置がどっちなのかも自然と考えてしまうんですよね。
悪の側には着きたくないですもんね。


指導に際しては、クラスの状況を1つずつあげていき、生徒に考えさせるようにしていきましょう。
「こんな状況でいいのか?」って。
自分なら嫌だとも。


「正義」という言葉は多用するものではなく、年度のどこかで登場があるかもしれない言葉という位置づけです。
意外に効果がありますので、お試しあれ。