体罰的な指導を否定するのは反対で、2:8がいいと私は実感しています | t-labo(中学校教師の支援サイト)

体罰的な指導を否定するのは反対で、2:8がいいと私は実感しています

みなさん、こんにちは。

今回は、ご意見をいただいたので掲載させていただきます

では、対話的な方法(人間関係を意識した方法)で問題教師の素行・態度、教育に対するスタンスが改善されるか?

答えは多くの場合がNoの場合もあればYesの場合もあるが正しいでしょう。

北朝鮮の勝手は対話的な方法(国際協調的方法)で良い方向へ向かうか?

まとめると、
精神的物理的に社会・組織・個人になぐりかかってくる相手に対して人間関係論でなんとかしようとしているうちに殴り倒されることも可能性として当然ありうるでしょう。

この理論の前提
①人間関係論は遅効的。
②恐怖暴力指導は即効的。

どっちも弱点があります。
が、どっちも長所もあります。

だから、両方使いこなすべきだというのが私の考えです。

ビビらせる怖がらせる指導:人間関係的指導=2:8くらいのイメージでやるようにしてから私はうまくいくようになりました。
最初は恐怖を使って緊急消火し、消火がある程度完了したら人間関係的方法で再出火を防ぐというイメージでしょうか?
「全か無か」という発想だと教育の幅が広がらないと考えています。融合させることによってまた新たな可能性みたいなのが私は見えてきました。

ちなみに
警察は警棒やピストルをもっています。場合によっては射殺OKになってます。司法には死刑という最高暴力システムがあります。
会社には「減給」「解雇」という脅しシステムが法的に許されています。
町には村八分という精神的追放機能を備えています。

というように、実は社会はある程度「おどす力」によって成立していますし、我々もその恩恵を受けて今の生活ができているという事実も忘れてはならないと思います。


ということです。



>「全か無か」という発想だと教育の幅が広がらない

というのは全くその通りであります
私が人間関係を大事にしなさいと言っていますが、ここでいう「恐怖暴力指導」を否定しているわけではありません
やはり場面に応じて行うべきでしょう
(学級崩壊と再生の物語で、島田がそんな指導をしていますよね?)


言い訳のようなことを書いてしまいますが

ブログでは人間関係を基準に生徒指導を行いましょうと書いているのは、そうした指導を行っている人が少なく、そのことが抜け落ちている人が多いからです
「恐怖暴力指導」の必要性もわかりますし、ただそのことをブログで書いてしまうと、ただでさえ「恐怖暴力指導」が必要だと感じている人に対して、その思いをより肯定的にしてしまうようになります

つまり、人間関係を元にした生徒指導は、みんなが苦手にしているために、「恐怖暴力指導」の話をしてしまえば、それに飛びついて人間関係のことはすべて忘れてしまうからです
比率を示したとしても同じでしょう




どうしてこうやって考えることを言うと、同僚の教員に人間関係を元にと言ったところで、誰も実践しようとしないからです
それは面倒くさいからです
その状態で「恐怖暴力指導」も必要だよと言えば、ここに走ってしまうの目に見えています

人間関係を元にした生徒指導というのは「はるかに難易度が高い」わけで、それをしようとしないからうまくいかないというのが根底にあります
今回の意見では「8割 人間関係」と言われているわけで、その8割まで上げるためには、人間関係のことをとにかく強調するしかないと思っています


それと、どういう指導が本当に効果があるのかというのは、正直なところよくわかりません
学校や地域の実態によって違うのもちろんのこと、その教員の個性や力量によって変わるものでもありますし、さらに驚くのは

教員の年齢によって変わる


ということなのです




ので、そうしたもろもろもありますので、実際にどういうスタンスで指導するかというのは各個人が模索したらいいと思います
いつも言っているようにとにかく試行錯誤を繰り返すことです

今回の意見では2:8がうまくいくという発見を試行錯誤の元で見つけられたようですから、それはとても大きな発見だったのではないでしょうか


それと先程書いたように、人間関係を元にした生徒指導というのは難易度がとても高いのです
難易度が高いからこそすぐやって見てもなかなか効果がないわけです
今回は8割がいいとされていますが、それは2割を暴力的な指導に頼らなければ何とかならない、つまり、力量が足りていないという風に考えてみるとどうでしょうか?

まだまだ教員力は伸びていく成長過程であり、将来的には「10割がよかった」という風に思うのかもしれませんよ?




私にはイメージするもっと高みの指導というものがあって、そのことについて理解してくれとは言いません
イメージできない人が多いからです
でも、試行錯誤を繰り返しながら、より高みへと登っていくと、景色が変わってくると思います
ですから今回の2:8に関しても、旅半ばかもしれませんし、今の環境ではそれがベストなのかもしれません

「特別教室の授業中に教室に物を取りに行ってはいけない」ということも、知識や経験を重ねていくと「教室に取りに帰らせると、教室で悪事を働くかもしれない」などと違った景色が見えてきます
それと一緒で、面白いのは人間関係論に関しては、より高みへ行けば行くほどいろんなことが見えてくるということです


あとお願いしたいのは、北朝鮮や死刑制度、警官のピストルなどと、学校(教員と生徒)というのは全く同じ環境ではないのですから、同じレベルで話をするのはやめてもらいたいと思います
(生徒が問題を起こしても、教員は逮捕できないのですから、もはや前提が違いすぎますので、この部分で議論するのはとても無駄だと思います)



何がいいのかは各個人がいろいろと試行錯誤やってみてください
そして、ある瞬間に、「お前の頭おかしいだろ」と思っていた読者の方が、急にブログの内容が「そういう意味だったのか」と違った価値を持つようになるかもしれません
私は私なりに目指すところがあるので、そこに向けて試行錯誤をしてみたいと思います

それと、今回いただいた意見も今後の参考とさせていただきます
どこかでそうしたことについて触れてみようとも思います
ご意見ありがとうございました