最後に感想。続・続・周囲の教員が脅す教育を推奨してきます。どう考えますか? | t-labo(中学校教師の支援サイト)

最後に感想。続・続・周囲の教員が脅す教育を推奨してきます。どう考えますか?

みなさん、こんにちは。

今回は、

記事「続・続・周囲の教員が脅す教育を推奨してきます。どう考えますか?」について、何度もご回答いただき、誠にありがとうございます。
確かに生徒が問題行動を起こしたときに教室から引きずりだすといった汚れ役的なものは少なかったように思います。
このあたりを気を付けてみます。
ご助言ありがとうございました。


ということです。



この後にもいろいろと返信を頂いていますが、ここでは省略しています
粘り強くここまで返信をいただいた質問者さんに感謝です

結論的には、私の思い違いが大きかったのかな・・・という感じで役立たずで申し訳ないです
お互いの前提条件が違うというのが、いろいろと錯綜した原因ですかね
文章だけで判断するとこういうことも起こりますね

今後とも気をつけます
私自身も勉強になりました
ありがとうございます




あとは感想です
※ 質問者さんの当てつけとかではなくて、読者さんたちへのメッセージも込めて書いたものです

結局、申し訳ないことに、現段階でも何が問題で、何に困っているのか、最後までわかりませんでした
質問者さんに怒っているわけではありません。最初から最後まで。
私の理解力不足ですね


最初のコメントに立ち返れば、周囲から「◯◯をしたらいい」という教えをいただくということは、成果を出していないと評価されているということ
そのために、その人が「どういう成果を求めているか」の理解が必要です
その人が求める方向性での具体的な成果をあげないと、評価は覆ることはないですね

ので、自分の意に合わない指導をしろと言われた時には、困るわけですが。

言われた人がどの程度「活躍」して「どういう性格」で「学年の教員との人間関係や立ち位置」であるか、そして、本人として「何がしたいか」によるのかなと思います
私なら、「その人と仲良くしつつも自分なりの方法で成果を上げて認めさせる」という答えになります
でも、この条件は「私の答え」であって、みなさんの答えではないんですよね



そのときに大事なのは、

私は「こういう方向性で指導したい」「◯◯の部分で困っている」「こういう風な指導をしたらこうなった」という、自分の明確な意志・方向性が自分の行動を決めると思うので、それがない限りは、「何をやりたいの?」ってことになります
私は一連の質問をいただく中で、この部分が見えてこなかったので、返信には困りました
ずっと「何がしたいんだろう?」って


私は英語の教科書に出てきた「意志があるところに道は拓ける」という言葉が好きで、教員というのも、指導方針や自分がやりたいという明確な意志がいるんですよね
うまくいかない人って、それがなくて「あなたのベクトルはどこに向いているの?」って状態です
だから、その方向性が定めるために「まずは行動をしましょう」と言っています

行動してうまくいかなかったら、何をしようとして、何を改善していったらいいかがわかるからです
今回のケースでは、「何をしたいのか」「何を改善したいのか」「うまくいっている指導」「うまくいかない指導」「学年団との人間関係」「体罰教員との人間関係」といった部分で、本人の「困った」を見つけることが一番でしょうね




「体罰指導を進められて困っています」

『なら、やめたらいいんじゃないの?』

で終わるんですね

私のスタンスとしては、「現状を良くする」というのが基本ですから、ある意味では、「困っていないのに相談してくる方」は難しいです
人の愚痴を聞くのは、正直興味なくて

「今こうやって指導をしているんだけど、◯◯の部分でうまくいかない。◯◯すると生徒がこうやって反応するんです」

というものであれば、アドバイスもできます
そうした中で、

「いやいや、私はきちんとした努力をしているんです」

『ん? だったら、何に困っているの? 努力しているならそれを続けたらいいんじゃない?」

ってなります




最初から困ったがないからです。そうして、

「だから、体罰指導を進められて困っています」

『なら、やめたらいいんじゃないの?』

という繰り返しになるのではないかなと。
私の頭の中はこの繰り返しだったので、まさしく意味不明な回答を延々と作り出していたのかなと。


ここで書いたのは嫌味を言いたいわけではなくて、今回の件とは関係なくて、読者のみなさんが成長したいのであれば、「何を」「どうしたいのか」という明確な目的意識を持ってほしいということです
そのためには、具体的に考えて、とりあえずやってみることをおすすめします
だめなら、改善すればいいだけなので

そして、周囲の人間はあなたの「明確な困った」なら、力になってくれるんです
「◯◯したらこうなりました。どうやったら収拾できますか?」といった形で相談しましょう
人間は困った人を放置できませんから、きっと力になってくれます

力になってくれないのは、「明確な困った」がないからです
質問力という言葉があるように、具体的に自分が何をしたいかを分析する力が必要です
何をするかまで人に決めてもらうのはおかしい話ですから



うまくいかないのは恥ではないのです
その意識が、いろんなことだめにします
相談したいのに「恥」が邪魔して嘘をつくようになったり、できていないことに「できている」といったり、相手に真実がわからなくなってしまいます


最後に、覚えておくと得をするのが、問題生徒やクレーマーがやっているのは今回のケースと同じようなことなんですよね(今回のケースがクレーマーということではなくて)
教員に解決すべきものを与えずにごねるのです
だから、延々と話を聞いたとしても、解決するべき問題が見えないので堂々巡りになるし、嫌がらせや反発などを延々と繰り返すのです

問題を解決してほしいのではなくて、「ごねる」のが目的だからです
「なぜ、勉強しないといけないのか?」「英語は将来役に立つのか? 大人は誰も英語を話していないぞ」というのはそんなたぐいでしょう

こういう場合には「どういう風になったら満足ですか?」と、解決すべき目的を与えるように誘導していきます
そうすると、相手も目的を明かす、というか、設定をしないといけなくなり、解決に向かって歩くようになります

解決するものが見えないから振り回されるということですね
ですので、常に相手の目的を確認するようにしましょう。
ゴネる目的が一番厄介です


今回のケースでは、解決するべき問題がはっきりしないから、問題分析、現状分析をすすめましたが、なかなかうまくいかなかったですね
解決するべき問題が見えないケースは、本人が問題を認識できていないか、自分肯定感が下がっているから認めて欲しい、というものが多いかなという気がします
それを発見させていくのが教員の仕事であります

ということで、長くなったのでこの辺にします
何かの学びになれば幸いです