おかしな報道が出る背景と教員として考えるべきこと | t-labo(中学校教師の支援サイト)

おかしな報道が出る背景と教員として考えるべきこと

この頃、教員の不祥事・暴言がネットやテレビなどで報道されるのが多かったですね
教員が「飛び降りろ」と言ったとか。
当然のように「教員が一方的に悪い」という報道の仕方です



現場を知っている人間から言わせると、教員が暴言を吐くことはたしかにあります
しかし、、、そこにいたる経緯で、その何倍も日々、生徒たちが暴言・問題生徒・破壊行動を繰り返しているんですから。
「教員が暴言を吐いた」という一部だけを切り取って、叩くのはやり方としては不公平ですね・・・。

罪としては明らかに生徒側の方が大きいと思うんですよね
でも、叩かれるのは教員。
要は、公務員だからですよ、憂さ晴らしに叩かれているだけ

それと、目立つ記事を報道することで視聴率を稼ぎたいという思惑もあり、報道がただの「視聴率稼ぎ」に走っているんですよね
善悪とか、公平性とか、そんなのではない
それが今のマスコミだと思います

その中の1つの事件について、2ちゃんねるなどを通じて調べてみると、なんと冤罪もありました
教員が暴言を吐いた、ということで報道されたのですが、暴言を吐かれた生徒は超問題生徒で、日々問題を起こしまくっていて、指導された腹いせとして、教員が言ってもいないのに暴言を吐かれたと言ったようです
それを事実確認をしっかりせずにマスコミが報道




しかし、その後、学級の生徒たちから「おかしい」という声が上がり、実態を調査するとそんな事実はなかったようです
処分もなくなりました
というのが調べた結果です(すべてはネットで調べたことなので、実際はどうかわかりません)

マスコミはこの件について報道するべきですが、しません
仮に問題があったとしても、その後の報道はしません
視聴率が取れないからでしょう

最初の誤認がある一方的な見方を元に報道するので、教員が一方的に悪いと報道されてその後はスルーされてしまいます
教員が悪かろうが、悪くなかろうが、そんなことはおかまいなしです

また、生徒が自殺したなどの事件に関しては、徹底した調査が行われますが、実態はわかりませんが、必ずといっていいほど「いじめ」と関連付けることになりますし、いじめの記述がない場合には徹底的に再調査を繰り返されます
ちょっとした書き込みで「いじめ」と判定もされて、担任などは放置していたと犯人扱いされます

何かがあった時には、絶対に犯人が必要で、そのために魔女狩りも行われます


もちろん、私がここで書いたことが私の偏見や思い込みである可能性は十分にあります
現場を知る人間で、大きなニュースになっていない学校の不祥事なども含めて考えると、偏向報道である可能性は高いと思いますし、加害者側の落ち度ではなくて、責めやすい学校や教員を責めている風潮はあります
裁判になれば、学校側が標的になり、結果的に負けることがほとんどですね


すごく不条理だと思います




言いたいことは山ほどあるし、確かに学校の責任に一端はあるかもしれないけれど、そこだけに焦点を当てるのは不公平でしょうし、学校が主犯であるケースはほとんどないと思います


でも、現実はこうなっているわけです


どれだけ不条理であろうとも、公になってしまえば学校が責められてしまうのです
世間も学校が悪いと信じ込むのです


さて、

教員としてはどうしていくのがいいのかなと考えてみると


当然のように「体罰や暴言を行わない」が一番です




事件になるかどうかは、結局は問題生徒との人間関係だと思うんですね
教員が暴言を吐いてしまうような背景には、問題生徒との人間関係のこじれがあるわけですから
問題生徒にいくら暴言を吐いたとしても、お互いに信頼関係があって問題生徒が納得していれば問題にはならないのです

それが問題になるのは、良い人間関係がないことでしょう
その良い人間関係がないというのは、保護者にも伝わっているわけですね
暴言を吐いて生徒が不満を覚えて保護者に言った時に、保護者が担任のことを信頼していれば「それはあんたが悪いんでしょ」とストップをかけてくれます

事件になるということは、その生徒と保護者の両方から嫌われている証拠になります

それと、考えておきたいのは、こうやって困ったときに守ってくれるのは誰かということです
教員ではありません
実のところ、生徒や保護者だと私は考えています



こうしたことが事件になった時に行われるのは、アンケート調査でしょう
その中でどんな事があったかを知ろうとするわけですが、単純には犯人探しであり、魔女刈りであるので、調査側はちょっとした記述で、犯人として誰かを突き出すわけです
それが可能なのはつまり生徒なわけですよね

それと、こうしたことが起きた時に世間は教員の言い分なんて聞いてくれません
生徒の言い分なら聞いてくれるのです
魔女狩りにあって担任が犯人に仕立てられたときに、「それはおかしい」と学級の生徒が声を上げてくれるかどうかだと思います



常日頃から生徒ときちんと向き合い、生徒と信頼関係を結べていたならば、きっと生徒や保護者は味方になってくれるはずです

こうやって書いてみると、結局のところは、体罰などをしないという教員として当たり前のことをやること
生徒を大事にして、信頼関係を築いておき、保護者からの信頼を得ておくこと

という風になりますね


あと考えておきたいのは、生徒が何かを悩んで自殺するという事件が起こるときに、進路で悩んでいるというケースが割にあるのかなと思います

進路指導というのは、生徒がおとなしく話を聞きやすい場面で、普段バカにされている教員でも、進路指導になってくると生徒がおとなしくなります
そのためか、ついつい強気に出てしまう教員が出てきます
まあ、正直なところ、普段の憂さ晴らしのようなものなのかなと思ってしまいます

馬鹿にするされる、といったような形で普段から物事を見ていると、こうした場面にその歪みが出るんですよね
教員としては健全なものの見方ではないので、やめたほうがいいです



進路の場面で大事になってくるのは、正直なところ「受けてみないとわからない」でしょうね
過去の模試などの実績からある程度の当落は予想できるのですが、それを言ったとしても、生徒は納得しない事がありますし、参考程度として伝えるぐらいであとは自分で決めてくれと言えばいいのかなと思います

というのは中には「絶対にここは無理だから、ここに落としなさい」という教員はいます
公立中学校であれば、好きなところを受けさせればいいと思います
そのために、教員としてやるべきことは、過去のデータを基に考えてみるとこうなっているよ、という助言をするだけで、あとはすべて生徒に自己決定させるべきです

冷たい言い方かもしれませんが、進路はその生徒の人生ですから、教員の人生と全く関係ないので、教員は決める権限もないし、責任もないし、はっきり言えばどうでもいいわけです
他人の人生にズカズカと踏み込んでいくことの方が、トラブルが起こるのです

教員をやっているとこうした線引きができなくなってきます
そして、明確な線引きをしようとすると「冷たい」と非難されてしまうわけですね
おそらく、あなたも進路のことで私が書いたことについて「冷たい人間だな」と思っているでしょう

でもね、教員にとって大事なのはきちんとした線引きをすることなんですよ
「生徒のため」といって暴走する人は本当に多いです
何が生徒のためなのかはきちんとした線引きが必要なのです

その時に考えないといけないのは、あなたが生徒の面倒を一生見るわけではなくて、その生徒の人生はその生徒のものだということなんです
そして、あなたの人生はあなたのものということです
だから、生徒への余計な干渉に人生を費やすのではなくて、残業を減らしていかに自分の人生を充実させるかを考える方が、私は健全だと考えています

この線引きをきちんとをしないと、立ち位置がわからなくなって、変なことばかりしてしまうのです





生徒のことを「商品」と呼んでしまうのは失格だ、と私は学生時代に大学で習いました
それは教員の世界でもそうかもしれませんが、私は教員が生徒のことを商品だと考えてもいいと思います
商品といってもどうでもいい商品ではなくて、自慢の商品です

なぜこんなこと言うかというと、生徒のことを妙に可愛がりすぎると、その生徒のことが好きになって、公私混同してしまう所が出てくるからです
そうやって考えるくらいなら、最初から生徒のことは商品だとして心の距離をとっておかないといけません

これも一つの線引きになると思います


進路指導の話に戻ると、あとは推薦などの優遇システムがありますが、それが利用できるできないという線引きがとても難しい部分ですね
なぜ難しいかというと、万引きなどの触法行為をすると推薦できませんとたいていの学校では決まっているのかなと思いますが

驚くことに、3年生でやらなければOKという解釈をする学年が現れたり、スポーツ推薦ならOKと開き直る学年が現れたりします

また、進路は脅しとして使わないという原則があるから、学校側としても、問題が起きた時に「これで君の将来の推薦はなくなりました」とはいえないんですよね
言えないからこそ、最後の進路を決める時に「君は推薦はありません」となかなか言えなくなってきて、混乱を生む原因にもなります

生徒が追い込まれていくのは、2学期以降になると思いますので、1、2年生の時の罪で推薦がない場合には、3年生になってすぐに個人面談をして全生徒に告げておくべきだと思います
進路を脅しにしない、というのは名言かもしれませんが、だからといって、進路で推薦がないという事実を告げないのはおかしいわけです
この辺の分離ができない教員も多いので、進路指導はあやふやでいい加減で、その分生徒のプレッシャーになっているのかなと思います


いろいろと話があちこち行きましたが、世間の見方は厳しいし、マスコミの報道は偏向していますから、生徒を大事にする原則は息を吸って吐くくらいの自然な感じでできないといけないと思うのとともに、線引きをすることが大事なのかなと思うこの頃です