アクティブラーニングが現場を破壊する? | t-labo(中学校教師の支援サイト)

アクティブラーニングが現場を破壊する?

私自身はアクティブラーニングをやったことがないし、アクティブラーニングという考え方もろくに知りません
今回はきっかけがあったので、アクティブラーニングについてネットで調べてみました

そのことについて少し今回触れてみたいと思いますが、私の思い違いの部分も多々あると思いますので、個人の勝手ないい加減な見解であると捉えてもらえたらと思います



1.アクティブラーニングの必要性

2020年度から小学校で、21年度は中学校、22年度は高校で、アクティブラーニング、つまり新しい指導要領が施行されていくようです
アクティブラーニング以外にも、プログラミングの考え方が入ってくるなどを、大きな改編になりそうな予感がしています

アクティブラーニングを調べてみると、アメリカの大学で始まった講義形式のようですね
ただ単に講義を受けるのでは、学習者自身が消極的で、学習効率が低く、成果がほとんどでないスタイルであると指摘されています
その中で、アクティブラーニングが取り入れられて、学生たちが主体的に参加をして、そのおかげで学習効率が高まったり、意欲的に活動したりするなど肯定的な効果があるようです

日本は少子化の影響で、大学にフリーではいれるFラン大学なるものがどんどん登場しています
誰でも大学生になれるからこそ、どうでもいい大学生がどんどん輩出されているわけですね
そんな大学では講義が成り立たないなど、多くの問題が指摘されており、大学がある程度の成果や、力をつけることを保障する時代になってきたということです

将来の人材育成を考えるのであれば、役に立たない大学など淘汰する必要があるわけですし、だからといってすぐに潰すわけにはいかないので、大学改革を促す一旦になっているのではないかなと思います

その根幹がアクティブラーニングということで、次回の改定の目玉になっているのかなと思います



2.アクティブラーニングの実態を誰も理解していない?

アクティブラーニングについて調べてみると、恐ろしいのはおそらく教育委員会の誰も理解していないということなのではないかなと思います
もちろん、有識者はそれなりに理解をしているかもしれませんが、その有識者たちは現場を知りません
現場を知らない人間が、偉そうに語っても、現場で使えないのです

教育委員会の人間がアクティブラーニングについて精通するならまだしも、有識者だけが偉そうに語っているのでは、先行きが思いやられます
そもそも行政レベルでも、実態とやろうとしていることのギャップを理解できているのでしょうか?

私が勝手に考える構図というのは

国・有識者 vs 教育委員会・現場の教員


という対立の構図です
新しい改革をしようとするのに、その中心は国であって現場の声ではないのだと思うんですね
その改革に、教育委員会がかんでいるかというと全くかんでないと思います
つまり、国が方向性を勝手に定めて、有識者が施工するためのハードルを上げ、現場に丸投げされてしまい、教育委員会と現場の教員が困るという構図です

もっと言うと

教育委員会 vs 現場の教員


という構図になっていくでしょう
国からはアクティブラーニングを推進しなさいと言われるものの、教育委員会はアクティブラーニングがどういうものかを理解しておらず、現場にはアクティブラーニングを使った授業をしなさいと命令するわけです
そうして授業研究を見ながら、教育委員会は少しずつ理解をしていくのでしょう

ですから、教育委員会の人間は自分自身がアクティブラーニングに精通することなく、現場に押し付けて、あれこれ茶々を入れるだけの存在になる可能性があります
現場は何を期待しているかというと、教育委員会が上の組織であるがゆえに、何をどうしたらいいかという具体的な事例ややり方を示して欲しいと思っているのです
しかしながら、今の状況を見る限り、有識者たちが騒いでいるだけで、アクティブラーニングが教育委員会に浸透する様子はないので、大きな混乱が出るでしょう




3.知識をどうやって補うのか

アクティブランニングは、実は事前の準備や復習がとても重要な位置付けになっていきます
どういうことかというと、教えてもらうのではなくて、自分たちが調べてそれを交流しながら深めていくというのが、アクティブラーニングのメインになると考えるからです
ですから、大学生は講義で行われるディスカッションなどのために、事前に自分たちで調べてくることになっているのです
教員は教えるのではなくて、進行役になるのです


となると、現状教えている知識を生徒たちは自分で学習しないといけなくなります
生徒たちはどれほど家で勉強しているでしょうか
クラスの半分以上は間違いなく0時間です
アクティブラーニングが始まると、この家での学習時間を確保することが、家の課題になるわけです

それがきちんとできる親はどれだけいるでしょうか?

アクティブラーニングが奇跡的に授業で行われるようになったとして、どれだけの生徒が予習をしてくるでしょうか?
意欲が高まったとして、家でどれだけ復習するでしょうか?
家に帰ったらスマホでゲーム、という流れを崩すだけの魅力は本当にあるのでしょうか?


この段階でも破綻していると思うんですよね
じゃあどうやって知識補えばいいのかということですね




4.テストの在り方を変えないとだめ

学校の授業が知識の定着ではなくなって、時代の変化に対応できる普遍的なスキルを身につけることになるわけで、一気に学習観を変えるような大きな改定になるだろうと思います
つまり、今まで私たちが「知識が大事」といっていたのを「知識は大事ではない」という変換になります

それをみんなが受け入れることができるかというと、全くもってできないでしょう

もしもできるとしたら何かというと、高校入試や大学入試がアクティブラーニングに置き換わることです
高校入試が変わらないのに、アクティブラーニングをしなさいと言ってもそれは無理でしょう
「高校入試に必要な知識を教えてくれないのに、どうやって志望校に入るの?」という保護者の声が聞こえてきそうですね

ここまでの改革ができるかどうかだと思います
でも、できないでしょう
何をどうやって計ったらいいかもさっぱりとわからないのですから



5.教科書から知識がなくなるのか?

知識偏重でなければ、教科書が大きく変わる必要があります
教科書に魅力的なアクティブラーニングの取り組みが、理科の教科書にあるような「実験1」というような形で、書かれていないと嘘になりますよね
そんな大きなは教科書の改定が行えるのかどうかですよね

そうなってくると、指導要領が変わるということは教科書が変わるということ
教科書会社がまずは現場のことを知らないにもかかわらず、それに対応した教科書を作成しないといけないということで、ますます混乱するでしょうね
というか、教科書会社にそんなことができる力はないでしょう

となると、教科書から知識がなくなるわけではなくて、それほど大きな変化がないでしょう
国は教科書で授業をしなさいと言っているので、教科書が変わらなければ、授業も変わらないということです

現実的には、各教科で1年間に数回アクティブラーニングをしてみましょうということに落ち着くのかなと思います
教科書もそういう編成になるのではないかなと思います



6.現場には他の問題が山積している

アクティブラーニングの導入は、時代の変化を考えると仕方ないのかもしれませんが、それ以前にやるべきことが山積しているのです
何でもかんでも押し付ける前に、現場の問題について大きく解決へ動き出すのも国の責任だと思います

現状として大きなのは、とにかくブラック残業ですね
この働き方を大きく変えていかないと、教員が魅力的なものでなくなり、優秀な人材は他所へ逃げて行き、現場に来る人間の質が低下し、何かをしようとしてもできるだけの力量がないというのが現状になってしまいます

学校というのは本当に無駄な仕事が多すぎてうんざりしますので、それを簡素化していくことをとにかくやってもらいたいですね

部活動に関しては、ようやく動き出した感じはありますが、これがすぐにうまくいくようにはならないし、トラブルも続いていくでしょう
外部指導員の導入は確かに必要ですが、怪我のトラブルがけっこうな頻度で起きてくるように思います
それはそれで調整すればいいだけの話なのですが、すぐに部活動から解放されるわけではないでしょうね

魅力的な授業しなさいと言われる前に、生徒は魅力的な生徒になって欲しいものです
何かというと、授業が成立しない学校や、問題生徒やクレーマーに振り回されている学校がたくさんありすぎるということです
義務教育だから何もできないというのが、一番の問題なのです

この部分にメスを入れない限りかなり難しいでしょう
問題生徒を簡単に出席停止にできるとか、授業妨害する生徒を早退させるとか、クレーマーの電話は教育委員会がすべて対応するとか、クレーマーへの対応は簡単でいいとか、学校の権限を強くしないと解決しない根深い問題が多いように思います

生徒が学校で好き勝手にする要因の一つに、何もしなくても入学できる高校の存在があります
生徒は遊んでいても最後何とかなるというような形になるので、とんでもないですよね
その生徒が高校に行ってうまくいくわけではないので、そうしたことに対して何らかの抑止力なり何かを考えてもらいたいものです



7.アクティブラーニングの必要性がわからない

ぶっちゃけていうと、なぜアクティブラーニングをしないといけないのでしょうか?
おそらく、教員の多くが思っている疑問でしょう
知識が大事として教育を受けてきたという原因もあるのかもしれません

中学校の教員からすると、簡単に入ることができる高校の存在がいけないし、好き勝手しても卒業できる中学校のシステムがいけない
Fランとして困っている大学は、そうした生徒受け入れるのがまずいし、専門学校化して資格を取れる大学に変化すればいいだけだと思うんですがね

つまり、義務教育の段階でどうしてそれほど変化をしないといけないのかという疑問が最後の最後までついて回るように思うんです

そもそも、今、有識者たちが指摘している若者たちの問題は、小学校や中学校に責任があるのかということです
小学校や中学校の教員が授業で頑張ってないと言うことでしょうか?
義務教育だから、生徒のことを首にもできないし、体罰は禁止で、何もできないような状況にあるので、ひたすらに授業を改善していくしか方法はないのが小中学校です

それに比べて高校や大学は義務ではないので、追い出すことが可能なですし、違った指導も可能でしょう
そうして義務教育でないからあぐらをかいてる高校や大学の責任はないのでしょうか?
この辺が釈然としないんですよね

改革をしていくというのはかるのですが、それがどうして小中学校になってくるのかというところ
小学校や中学校区は破綻しているならともかく、破綻しているのはFラン高校やFラン大学でしょう
その改革をしないと無理なのではないでしょうか

つまり、高校や大学で求められている資質能力が変化するから、小学校や中学校で行う内容が変化していくという形です
だから、まず変えるべきは大学での目標の設定を変えるべきでしょう
そして、そのために大学入試は高校入試を変えて行く必要があります

今のやり方は、小学校が率先して変わって、中学校がそれに続くというような形になっていますよね
それ以前に高校や大学は大きく変わるのでしょうか?
それに、中学校がやっていることはアクティブラーニングと言えないと言うことでしょうか?

高校や大学は変わるからこそ、それに合わせて小中学校も変えていくわけなので、国がやろうとしていることは、義務教育をどんどん壊していくようなことなのかなと私は思います

ここで書いたことは、私のアクティブラーニングへの不理解とか、勉強不足とかといったものが多々あると思います
ただ、うまくいきそうもない予感しかしないのは気のせいでしょうか