優しくすると甘やかすを勘違いしてはだめ | t-labo(中学校教師の支援サイト)

優しくすると甘やかすを勘違いしてはだめ

私は教員に優しさが必要だと思っています
そうやって書くと、「優しくすると生徒になめられてしまう」と言われてしまいます

「優しい校長」と「優しくない校長」のどちらがいいですか?

ってあなたは言われたら、優しい校長がいいと答えるでしょう
その理由を聞かれたら、「校長になめた態度を取ることができるから」って答えますか?



優しくすると生徒からなめられる、というのはある意味では真理かもしれません
生徒は強硬に接しられると萎縮しますから、なめた態度は取りにくくなるでしょう
ただ、強硬に接したからといって、すべての物事が円滑行くかといえば、そうではないですし、むしろ問題がたくさん起こるようになると私は考えています

生徒に優しくする時の大きな問題点は、優しくすることを甘やかすことだと勘違いしてることです


「生徒には優しくするけど、甘やかさない」これが原則です



この差がわからない方はたくさんいます
私自身、わかっていないかもしれませんが。

この境目は、「教員と生徒の責任の境界を明確にする」ことが原則だと思っています
生徒自身がしなければならないことを教員がやってしまうのは、甘やかしています

生徒が売店に購入しに行かないといけないのに、「わかった。次空き時間だからノートを買って置いてあげるよ」とやってしまうと、完全に甘やかしています
ノートは売店で◯◯円で売ってあると教えてあげるのは、優しさでしょう。
でも、買いに行くのは生徒の責任であり、それは生徒にさせるべきなのです

生徒の責任の部分に関しては「あとは自分でやってね」と言うわけです
これを冷たいと思う人がいるかもしれませんが、

「これは私の仕事じゃないから、君がやって」

と私は平気でいいます
それでも優しいのです




生徒を成長させるためには、自立を目指さないといけないわけで、そのためには「責任を果たすこと」「責任を自覚すること」を生徒に意識させないといけません
教員はその視点から「やるべきこと」と「やってはいけないこと」を明確にして、生徒に与えないといけないわけです
優しくするのは、生徒が自分の責任を果たすために、そこまでの案内人としてです

甘やかす人はその区別がついていないのでしょう。
それと同じで、優しくすると生徒指導ができない人も同じですね

この定義が正しいかどうかわかりませんが、「優しい」と「甘やかす」の区別をあなたの中でつけておかないといけませんよ