本気で力をつけたいと言うなら、私はこういうことだと思っていたという話 | t-labo(中学校教師の支援サイト)

本気で力をつけたいと言うなら、私はこういうことだと思っていたという話

教員として力をつけたい

それは若手の方の切実な願いだと思います
私もそう考えていたし、そうやって力をつけてきました
私が発信していることは、そうした経験などをベースにしたものですが、ずっと強く感じるギャップについて書きたいと思います



tetra塾を例にしてみると、

そもそもなぜtetra塾を作ったかと言えば、本気で力をつけたいと思う人に力をつけるためです
そのため、tetra塾では、毎週のテーマがあり、毎日の取り組みがあります
毎週・毎日の取り組みに対して、参加者がその実践についてフィードバックをしていき、そこに私がアドバイスをしていく、これが実力をつけるサイクルだと思って、仕組みづくりをしました

しかしながら、結果としては、実際はそんなことはないのかな
どうも、これはハイペースすぎたり、そこまでの本気ではなかったりと、参加者の受け取りもいろいろですし、参加される方の動機もいろいろですし、私の思いをぶつけても仕方ないですので。

ただ、私の経験から言わせてもらうと、tetra塾でやっていることを毎日こなすくらいのことをやっていかないと、教員としての力はつかないということです
私の若い頃は、そのくらいのことはやっていました
ここにあるのは、これは私の思いであって、参加者の思いやペースではない、というギャップですね



もちろん、参加者の中には自分で実践をしてそれをフィードバックしていないだけの人もいると思います
ジェネレーションギャップと言われるかもしれませんが、「それで力がつくの?」と言いたいことは多いですね

嫌がらせがあるのに、なぜ放置していれるのか?
もはや理解に苦しみますが、本人はそれでOKだと思っている「理由」があるのでしょう
その本人は今やっていることで、自分が成長している「実感」があるのでしょう

私にはそれが全く理解できないんですよね

今やっていることは成長につながるかもしれませんが、「そのスピードは遅くない?」
フルマラソンに三輪車で参加して、いつゴールできるの?
私にはそんな感覚ですけど、どうも本人たちからすると「え?だって前に進んでいるじゃん。ゴールできるに決まっている」なんじゃないかなと。

私が好きな漫画に「ヒカルの碁」があります
(台詞は全部適当。。。)その中で、主人公のヒカルは「まあ、そのうち追いつけるさ」とライバルのアキラの学校の先輩にぶっちゃけします
その先輩は「アキラがどんなつもりで君を追いかけていたと思うんだ? 何を捨てでも全力で追いかけていた」と

ヒカルは碁のプロになるなんて「大人になってから」と何も考えいなかったわけで、アキラは「すぐ」と考えていて、その覚悟の差は歴然だったわけです
この言葉によって、ヒカルは「全力」という意味を履き違えていたこと思い知らされます
彼の全力は「そのうち」という軽いもので、アキラの全力は「何を捨てでも」という決死の覚悟だったと




正直なところ、私は多くの方に「ヒカル」を感じるわけです
私の実感からすると、「アキラ」くらいの覚悟を持って、若いうちに早急に力をつける必要があるのです
その差があるので、なんだかなーーーと思うし、「それじゃ、力がつかないよな」って思う

ヒカルは「嫌がらせはそのうち収まるし、今は自分が指導する場面ではない」と言うと思うんですよね
アキラは「この瞬間にやらなくていけない!放置なんてありえない!」と言うはずです

この差

tetra塾だけではないけど、最近の若い人だけなのか、教員という人種がそうであるのか、覚悟の量が足りないなと思います
私が実際にどれだけの実力があるのかわかりませんが、私が書いているブログを読んでいると「そのうちtetraさんのようになれる」と思ったら大きな間違いです
「tetraさんを追い抜かす!」という気持ちで、書いてあることを全力でやって、しかも5,6年してようやくその背中が見えてくるくらいに考えてもらいたい

あなたが三輪車で遊んでいる間に、私はゴールに向かって休まずに走り続けているのですから。

委員会の件で何度か質問をしてきてくださった方に、私の対応の仕方は悪かったとすごく反省しているのですが、彼はしっかりと走っているなと感じるんですよね
とにかく食らいついていく、自分が成長したいという気持ちをとても感じます




その気持ちを私にぶつけなくてもいい。
でも、書いているものを読むとわかるんですよね
それは書いているものだけではなくて、あなたに会えばひと目で分かる

生徒はあなたがどの程度の気持ちで教員をしているか、もうすでに見抜いている
だから、そのつもりで生徒たちもあなたに接している
周囲の同僚もあなたがどんな人間なのかすでに見抜いている

出会って30秒でわかる
学級開きの日に「この担任は当たりか、外れか」は保護者にはもうわかっている


私の考え方が古いのかもしれません
でも、私はこう考えているし、実際にこのくらいのことをしないと通用するようにはならないと思っています

あなたの覚悟とはどういうものでしょうか?
考えてみてください