客観的証拠とゴネ。学校は信頼社会であるゆえに | t-labo(中学校教師の支援サイト)

客観的証拠とゴネ。学校は信頼社会であるゆえに

学校というのは、信頼で出来上がっています
この信頼を通常の生徒と保護者はきちんと信じています
それを破る存在が「クレーマー」です



学校の弱みというか、不当な裁判にされてしまうのは、「客観的証拠」を学校が収集するようになっていないからです
信頼社会であるともいえるし、そこまでやっていると仕事が回らないから(別の言い方をするなら、仕事のやり方がいつまでたっても昔のままで、効率化されていないから)

提出物を出した・出していないで揉めることはあるある事例です
教員は見た証拠として「ハンコ」を押していると思います
しかしながら、クレーマーからすると、「先生が押し忘れた」と言えます

教員は催促リストを作って教室に貼ることもします
そのときに、誰が出していないか、教員が誰を出していないとチェックしているか、を生徒と確認するわけです。
ただ、そのチェックリストは期間限定で破棄されるし、デジタルデータが残るわけではありません

そうすると、後から確認しようとも客観的証拠とはなりません
クレーマーは自分の子どもが「名前が書かれていたにも関わらず、確認をしなかったこと」は無視して、「出した」と主張します
客観的証拠が残っていないからこそ、教員も「名前が書いてあった」と言っても証拠を出せません



水掛け論の始まりです
教員も暇ではありませんから、クレーマーに対応することはただの「時間的損失」でしかないので、要求を受け入れざるを得ません
そんなこんなんで、クレーマーの要求は「義務教育」という部分では通ってしまいます

学校が裁判にされてしまうのは、同じような理屈ですね
客観的証拠を収集する仕組みがないので、いじめや不登校などの事件では、「学校が放置した」となんとでもいえるわけです
マスコミは学校が悪いとするほうがお金が稼げるから、学校のせいにします

そんなこんなんで、学校というのは立場が弱いんですよね
そもそもが「信頼」で成り立っているから、お互いに尊敬してやっていきましょうと。
その信頼を逆手にとるクレーマーなどのやり方は本当に腹が立ちます

かといって、証拠を集めすぎると仕事ばかりが増えますしね
なかなかです