授業の在り方、学力の考え方はもはや変えないといけないのかもしれない 1

学校や学級が、授業が荒れて困るという方は多いと思います
その時に、生徒指導に頼ろうとするわけですが、それすらも限界に来ている部分もあるのかもしれないと、最近思うことがあります



最近、問題生徒のことをいろいろと自分で考察しているのですが、その出口戦略というか、行き着く先を考えてみると、生徒指導だけではどうにもならない、というのが私の考えです
なんというか、生徒指導でなんとかしようと思うと、かなりの力量が必要ですし、環境を整える力も必要となり、かなり厳しいです
つまり、「できる教員」と「できない教員」の差がくっきりと出てしまうわけです

そもそも根本的な原因とは何かと考えてみると、

学校が、、、というか授業がストレス以外の何物でもない

というものです
毎日6時間行われる授業に対して、何の意味も見いだせないのです
「何のために数学を勉強するの?」「将来役に立つの?」という疑問は今も昔も出てくるものであって、それに対して明確な答えを言える人は少ないでしょう。




少ないということは、その理由を明確に説明できない人は、授業では「俺の言うとおりにやっていればいい!」とか「暗記すればいい!」「黙って話を聞いておけ!」「提出物はとにかく答えを写してでも出せばいいんだよ!」という感じで、

学習に対する意味

を与えていないのだと思います
学習に明確な意味が見えないから、生徒は「無駄」と思ってしまいますし、そもそも論で言えば、保護者が「学校の勉強なんて将来役に立たない」って子どもに言うんですよね
中学校でなんで勉強をしているのかと言えば、進路のためとなってしまいます

その進路さえも、いい高校、いい大学に行けば幸せになれるかというと、そんな確証がないですし、そもそも幸せの定義が変わっているのもあります
そんなわけでして、「今の」というよりも、「昔から行われている」授業の在り方を根本的に変えないと厳しいのが現状ではないかと思います

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