問題生徒が人の価値は学力じゃない!と妙に主張する時の都合の悪い真実 2 | t-labo(中学校教師の支援サイト)

問題生徒が人の価値は学力じゃない!と妙に主張する時の都合の悪い真実 2

問題生徒にとって、学力ではなくて人間性で評価という言葉は甘い響きを持っています
なぜなら、努力しなくていいと考えるからです



学力の有無というのは遺伝子で決まっている部分は大きくありますが、努力という要素がとても大きいです
問題生徒はその努力をしたくないし自分が苦手であるのでしたくないと思っているから、人間性で評価されるというのは、とてつもない救いの言葉となります


教員はその人間性で評価が嘘でないと証明するために「君にはこんないいところがあるよ」と言うわけです
しかし、そんなことを言っても、学校生活は授業ばかりだからそれが生かされることはほとんどなく、学力がない生徒は常に隅に追いやられて肩身の狭い思いをしています



人間性とは何かというふうに考えた時に、生徒に話をするのは、「自分の周りに人がいるかどうか」「そして、どんな人間が集まっているか」ということです
良い人間性を持った人間の周りには、たくさんの人が集まっていて、しかも、その人のことを無償で助けてくれる・支援してくれる人たちです
それは豊かな人間性であると私は生徒にいいます

そうすると、問題生徒の周りにどんな人間が集まっているかを見てみると、学級の生徒のほとんどは問題生徒とかかわりを持ちたくないので、問題生徒の周りには人はほぼいません
いるとしても、つるむ相手がいないから、と言うような理由で問題生徒たちが集まっているようなものであり、問題生徒たちは怠惰な道へ進んでいくので、生産性のないことを強要するような集まりとなります
人生がどんどんだめになっていく人間が集まっているわけです



人間の価値は学力ではなくて、人間性であるという話を進めていくと、結局のところは、学力のある人間は基本的に良い人間性を持っているといえるでしょう
逆に、問題生徒は学力もないし、良い人間性も持っていないとなります
この見方で救いがあるのは何かといえば、低学力だけど一生懸命頑張る生徒、人を大事にする生徒の存在となります

そうした生徒に私が言うのは、勉強が苦手でも、職場で大事にされるような人になりなさいです
職場は人と人との関係で成り立っていて、大事なのはその中で協力して仕事ができるか、お互いに良い環境を作り出そうとできるか、勤勉に取り組めるかといったことだからです
ですので、人間性が良い生徒にとって救いがある話となりますし、実際にはそうだと思います

人間性が良い人は、どの職場に行っても歓迎されますし、どんどんその道のスキルが伸びていきます
それこそが大事なことであって、真面目に頑張れもしない問題生徒は歓迎なんてされないし、スキルも伸びないのです