人間性ばかり磨けというのは、おかしい? | t-labo(中学校教師の支援サイト)

人間性ばかり磨けというのは、おかしい?

みなさん、こんにちは。tetraです。

先日、コメントを大量にいただきました。
教師になるには、ぼくは「学力を軽視し、人間性を磨けばいい」と安易に考えすぎていると、指摘を受けました。

もっと学力を重視しろ! とここで主張して欲しいのだと思うのですが、

でもね。


学力は単純に上がるけど、人間性はそう簡単に上がらない


ここがミソなんですよ。



学力が高い人なんて珍しくもないし、鍛えればすぐにあがるんですよ。
その学力で生徒を教育できるかってことですね。


学力が高い人は、学力に重きを置きやすく詰め込みをやりがちです。
「学力至上主義」に陥ることもあるし、学力の高低で生徒のことをランク付けしたり、学力という軸だけで生徒と関係を作ろうとしてしまいます。


学力が高ければ生徒はついてくると思いますか?
そもそも、生徒はどれだけ本気で学力向上を願っていると思いますか?


学級崩壊をさせるのは一部の学力がない、勉強に価値を見いだせない生徒であることがしばしばあります。
その生徒たちに、学力が全てと考えている教師は太刀打ちできるでしょうか?




塾じゃないですからね、無理ですよ。
低学力の子がたくさんいるわけですから・・・学力ばかりかざしても、その子たちに辛い日々を強制することになります。


あと、いいたいのは、「学力があれば社会で成功できますか?」
そもそも、学力が高いのに教員採用試験に落ちている人は一体なんでしょうか?
東大生は何でもかんでも、好きなものが手に入るでしょうか?



・・・・




とまあ、学力のことを考えると、現場では明らかに
「それだけでは」
通用しないことがわかると思います。

だから、教育委員会も面接を重視するんです。
学力がすべてと考えていればテストの点だけで判断すればいいわけですから。

となると、人間性、言うならば人間力ですよ。
人間力こそが生徒といい関係を築き、勉強が苦手な生徒でも「がんばってみようかな」とやる気にさせ、学級崩壊させる生徒に「こういうのはやってはいけないんだ」と理解させるんです。


・・・・




逆を考えると、学力がすべて、と主張する人は実は
「学力しか取り柄のない人」
なんです。
人間性という生きていく上で大事な部分を無視して、学力があればと考えてやってきたのかもしれません。

ですから、教員採用試験で面接重視にとてもびっくりするわけですね。
自分の価値観の優先度と合わないわけですから。

その結果、「学力を軽視している!」と憤慨するのかもしれません。


でも、「そういう見方もあるのか」と豊かな考えを持てない段階で、その人の人間力は偏ったものであると言うしかないと思うんですよね。
厳しいことを書きましたが、多様な意見を聞いて憤慨するのではなく、「ああ、そうなのかな」と自分を見つめなおす柔軟さが欲しいのです。