生徒への指導はどんどん厳しい言い方をするほうが、効果的なのではないでしょうか? | t-labo(中学校教師の支援サイト)

生徒への指導はどんどん厳しい言い方をするほうが、効果的なのではないでしょうか?

今回の質問は、以下のものです

「厳しい言い方でも、相手に、相手のことを大切に思う心を感じ取らせることができたら、その生徒指導は効果的になるのではないだろうか?」
これが今回の質問です。
tetraさんの回答をいつも呼んでいると、厳しい言い方をされることがありますが、それはワザとそういう言い方をしているんじゃないかと思う時があります。

相手の考えを否定するような書き方をするときもありますが、どんな質問者に対しても見捨てることなく、「どういう言い方をしたら、相手が成長につなげられるか」と言う考えが根本にはあるのではないかと感じています(全く違ったらすみません)
そのやり方を、質問者だけではなく、生徒に対しても行うと、効果はどうだと思いますか?

なんでこう考えるようになったのかは、今の主任の指導を見てです。
今の主任は厳しい言い方をする方です。
合唱練習中では、自分のクラスには「やる気ないなら今日はやらなくていいよもう帰ろう!」とか、「こんな下手な歌声聴いてられないよ!これで満足なの?」とか、厳しい言い方で指導する場面があるそうです。(そのクラスの子から聞きました)

しかし、合唱祭では誰が聴いても断トツ1位の歌声でした。
8クラス中で2年連続の金賞なので、担任力が絡んでいることは否定できません。
また、私の主導で合唱の学年リハーサルを仕切った日の夜に、主任に「今日のリハーサルの進行について、アドバイスお願いします。」と聞いたことがあります。

※学年リハーサルはステージ上の動きを全て確認するのですが、実行委員主導で、教員が一度も前に出ることなく、入場を何度も練習したり、緊張感をもって終わらすことができたので、ある程度満足していました。
自分が満足していた様子を感じたのか、「実行委員はよく動いていたと思う。でも、ただ先生が書いた原稿を子どもが読んだだけでしょ?だったら中1でもできるし、低レベルだよ。これで満足してほしくない。自分たちで考えて、進行できるようになるのがホンモノだよ。私は、3年生ならそのレベルまで持っていかせたいって考えていた。だから、今回はレベルが低い。」と厳しい言葉を言われました。

自分としてはこれを「現状で満足することなく、さらなる高みを目指してほしい」というメッセージとしてとらえたのですが(ポジティブすぎですか?笑)
そして、主任のクラスの子もそういったこの先生の裏に隠されたメッセージを受け取ることができたからこそ、合唱も高レベルなものに仕上がったのだと思います。
だとしたら、優しい言い方だろうが、厳しい言い方だろうが、「相手を大切に思っていることが、相手にきちんと伝わる」ということが、学級経営で必要なのではないでしょうか?

勘違いしてはならないのが、教員と生徒の間に信頼関係ができているからこそ、厳しい言い方も通用すると言うことです。
そのためには、tetraさんがいつも言ってくださるように決して自分の都合を押しつける管理タイプにはならず、相手の話をしっかり聞くということが大切なんだと思います。
前に、若手の教員が部活の指導中に「もうお前は試合で使わないから練習来なくていい!」と言って、その生徒がふてくされて本当に来なくなったことがあります。(この指導自体は私も大反対です)

そのあと、その生徒に対して主任が「もう3年生なのだから、表面上の言葉ではなく、それを発する人の心を感じ取れる人になりなさい。顧問の「練習来なくていい」って言う言葉は、「これを乗り越えて強くなれ!」っていうメッセージなんだよって、これから先、誰も説明してくれないよ。本当に大切に思っているからこそ、顧問は厳しい言葉をかけるんだよ。」と陰でフォローしている姿を見て、色々と考えさせられました。
※ちなみにその生徒はそのあと少し経ってから部活に復帰していました。

この若手教員もそうなのですが、主任の「厳しい言い方をする指導」という表面上のところだけ真似ると、管理タイプになったり、生徒に不満に思われたりと失敗するんだろうなと思います。
同じセリフでも、その心が自分のために言っているか、相手のために言っているか。
そこが1番大切であり、生徒もその教員がどちらの心で言っているかは分かっているものなのだと思います。

今、まだ横の関係を練習している最中の自分だからこそ、去年の今頃にはないこの考えにたどり着きました。
しかしまだ完全ではないと思っています。
そこで、この考えについて、tetraさんの考えを聞きたく質問させて頂きました。よろしくお願いします。




いろいろと深く物事を考えておられるのですね
すごいです

私がブログでひどいことを書くのは、優しく遠まわしに書くことで変な誤解を与えたくないからです
質問で厳しい書き方をするときには、「横柄」「自信過剰」「人でなし」「生徒を不幸にしている」といったことが強く感じ取られるときです
このブログは普段の日常では言われることはない、あえて厳しいこと、つまりは、あなたができていない真実に気づいてもらうためにやっています

こうしたものをブログの価値として考えているので、「あなたは悪くないよ。生徒が悪いよ」とその場のごまかしを聞きたい方や合わない方は、他のサイトに行ってもらえばいいと思っています
ですので、このブログはある程度の需要があり、需要があるから続けています

この取組を学校で転用するとどうなるでしょうか?
学校は不特定多数の生徒がいるため、「厳しいことを言ってほしい」という需要はそこまで多くないと思われます
ですので、厳しくすれば当然、それだけの反発を食らいます




生徒があなたの指導を選べるのであればいいのですが、残念ながら選ぶことができません
あなたの尊敬する学年主任ですが、同僚として本当に「快適な人間関係」を築くことができるのか、そこが問題です
何かをいえば「全然だめ」といつも言われるのであれば、毎日がしんどいと思います

相談なんてしたくなくなります
仮にどれだけ優秀であっても、日常生活で支障が出る、こちらが嫌な思いをするようであれば、やはりコミュニケーションが取りにくくなる原因、敬遠する原因、まとまらない原因になります

それは生徒にしても同様で、何かあったときに相談しやすいかどうか、それは生命線です
この生命線をどのように考えるか、それがポイントになると思います

この記事には続きがあります
より具体的に教員力がアップするような仕掛けを用意しています
追記はtetra塾の教員コースの塾生になると表示されるようになります